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コロナ対策、なぜ政府に不信感が増すのか〜高橋謙造・帝京大学大学院教授に聞く〜 第1回

田中 博

世界で猛威を振るう新型コロナウイルス。日本でも感染拡大が止まる気配は見えず、政府の緊急事態宣言に基づく東京の都市封鎖(ロックダウン)の実施も取り沙汰される。いたずらに不安ばかりが増す中で、政府には今、何が求められるのか、公衆衛生の専門家である帝京大学大学院公衆衛生学研究科の高橋謙造教授に話を聞いた。【インタビューは4月1日に実施】

一貫性に欠けた情報発令

―― 今年2月に発生し、世界で大きな注目を浴びたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」での新型コロナウイルスの感染拡大で、政府の対応に問題はなかったのか。

「ダイヤモンド・プリンセス号」の船籍が英国であり、日本の主権が及ばない中での対応は大変だった。当時は、できうる限りの対策を取ったのではないかと思う。しかし、バタバタしたところがあったのも確かだ。きちんとした司令塔を立てて、感染対策をどう進めればいいのか、短時間にシステマチックに組み立てられなかったのだろう。防護服の使用が不十分な状況だったのは、そういうことだと思われる。

問題点を指摘するとすれば、あの段階では(船内隔離をしているうちに)まずは徹底してPCR検査をやっておくべきだった。【著者追加注:つまり、感染の有無を確定するためには、一度陰性と出た方に対しても、一定期間ごとに検査しておくべきだったのではないかと考える。】そうすれば患者数を早いうちに確定し、事態をもっと把握できただろう。そこで陰性の方は、早めに下船して別施設で過ごしていただいて、健康観察することで感染者数は減らせたのではないか。船籍、主権の問題はあったが、そこは感染症対策とは別の部署、省庁が動けたはずだ。

ダイヤモンド・プリンセス号でのコロナ感染経緯

同時に、市中においてPCR検査を行いうる体制を整備しておくべきだった。当時から、医療者間においてもPCR検査の賛否は分かれていた。

反対する方たちの「希望者が殺到して、外来機能が停止する」という懸念の背景には、インフルエンザの迅速検査が適応になって以降「念のため検査」の希望者が増え、その対応に悩まされている経験があるのではないかと思う。医学的に適用しえないケース(発熱後十分な時間が経過していないうちの受診)、会社や保育園から求められてしぶしぶ受診したケース等でインフルエンザ診療の現場は毎冬のように苦慮している。これと同様の懸念を抱いたとしてもやむをえないと思う。

確かにPCR検査では偽陽性(感染していないのに陽性と判定される)と、逆の偽陰性(感染しているのに陰性と判定される)の問題はある。

しかし、偽陽性の発生率が高くても不要な行動の抑制にはつながったはずだ。偽陰性の発生率が高い場合は、市中を歩いて感染拡大すると言われるが、現状の医学のレベルでは回避することができない。世界中の医者がごめんなさいと言うしかない。

偽陽性問題 偽陰性問題

―― 船内隔離を続けた結果、感染率が非常に高くなった。それと引き換えに得られた知見は、その後に教訓として生かされているのか。

前線の医療従事者たちの気持ちを引き締める意味はあったと思う。彼らがより厳しい実態を想定して準備するアラートとなった。一方、政府中枢は、「仕方なかった」「大変だった」という言い訳に終始している。少なくともその時の学びを反映しているようには見えない。

―― 国民に理性的な行動を取ってもらうには、安心させるのではなく、正しい情報を積極的に開示して、いざというときに驚かせないことが必要ではないか。

リスクコミュニケーションの最大の原則は、知り得た情報を包み隠さず冷静な形で、できれば同じ人間が同じように伝えることだ。一例を挙げると、(2003年に世界的に流行した)SARSでカナダの保健大臣が毎日、情報を的確に開示した対応が成功例として知られている。また、2011年の東日本大震災でも枝野幸男官房長官(当時)が連日、記者会見したことを覚えている人も多いだろう。その意味では今回は情報の出し方が上手ではない。

―― 最初は加藤勝信厚労大臣が説明していたが、途中から西村康稔経済再生大臣が担当となり、各都道府県でも発表が相次ぐなどバラバラだ。国民は何だかあおられているようなイメージを抱く。ある程度、政府に一本化すべきではないか。

本来であれば一本化が望ましい。都道府県が会見しているのは、国に対して信頼をおいていないため、ああいった行動に出たのかなとも思う。情報公開の遅さは不安をあおるだけだ、という事は自治体の長たちも心得ている。地方自治体が先立って動き出すほうが意味があると判断したのではないか。

―― 厚労省のクラスター対策班が、大阪府と兵庫県の間で移動制限を要請するなど水面下で自治体に対して働きかけていたのも信頼感損ねた理由なのか。

有機的にチームワークで動いているのではなく、中枢が見えない中でこういった行動をとると、自治体に焦燥感をあおっているように感じさせてしまう。

―― PCR検査を積極的に実施しないのは、感染者数の増加を明らかにしたくないからという見方もある。それもまた不信感を募らせる原因になっているのではないか。

大元のところで不信感につながっているという気はする。しかも、司っているのが国立感染症研究所。国立なので国が管理しているんだろう、国が止めているんじゃないかと思ったのではないか。

私見だが、国立感染症研究所は、全国にある地方衛生研究所と独特な心理的な距離がある。国立感染症研究所の方から以前聞いた話だが、地方は自分たちが得たデータを基に発表したり、論文を書きたいと考えているのに対し、彼らは自分たちが管轄しているデータは手元に置きたがっているようだ。

ただ、感染者全員を確定するために PCR検査をやっている国はない。これだけ感染者が増えた今となっては、医療崩壊を起こさないため、感染の疑いが濃厚な人だけ検査するのも一つの手段。結果としてたまたま今のやり方が合っている。
(次回へつづく 全3回)
【4月9日に、一部注を追加した】



高橋 謙造(たかはし けんぞう:帝京大学大学院 公衆衛生学研究科教授)
東京大学医学部医学科卒、小児科医、国際保健学修士、医学博士。専門分野は、国際地域保健学、母子保健学、感染症学。

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