真山メディア
EAGLE’s ANGLE, BEE’s ANGLE

テーマタグ

発言

巴里日記_14
コロナ禍の終息見据えるフランス〜社会格差や分断は修復どころか拡大に?

田畑 俊行

フランスの新型コロナウイルスワクチンの接種は本日(5月12日時点)の公式発表で初回接種完了者が約1900万人となっており、これは全人口の約28%に当たる。その効果か、毎日の新規感染者数も4月末をピークに減少傾向にあり、重篤症状患者専用病床の占有率も120%から90%にまで大きく下がってきた。

翌週に予定されたレストランやカフェのテラス席の営業再開は、フランス国民にとって「日常」を取り戻すための象徴的な第一歩となるはずだ。私の友人の中には、休みを取ってでも外でのんびり食事をするつもりだと意気込んでいる者も少なくない。

結果的にマクロン政権は、第3波という嵐の中での舵取りを、破綻直前のところで凌ぎ切ることができた。今回実施されたロックダウンは、急ピッチで進められるワクチン接種の効果を見込んでか、抜け道が多く実効性が疑われるものだった。政府としては国民の命と感情、そして経済を天秤にかけ、絶妙なバランスを取りながら実施させたことに達成感を覚えているかもしれない。

国民の受け取り方はもはや「ポストコロナ」に向かっているようだ。ひとたび街に出れば、五月晴れに浮かれた人々はマスクを外して散歩やピクニックを楽しんでいる。まだ第3波のピークを越えていない頃に、ヴェラン連帯保健大臣が「夏には屋外でのマスクが不要になると期待している」とメディアで発言したり、「屋外での感染リスクはほぼゼロ」という研究結果がひとり歩きしたことも、人々の身勝手な行動に拍車をかけたのは間違いない。皮肉なことに、緩い規制にも関わらず紙一重で危機を乗り切ってしまったことが、もたらした結果とも言える。

マクロン政権にとっても、国民の規律が緩むことはもはや大した問題ではなく、後は夏のバカンスに向けてワクチン接種を加速すれば、コロナ禍を終息できるという読みなのだろうか。実際、わずか1ヶ月後の6月末までには、ナイトクラブに対する規制以外、ほぼすべての規制が撤廃される見通しだ。

今日からマクロン政権は、ワクチン接種の一般(18歳以上49歳以下、基礎疾患なし)への開放を当初の予定より1ヶ月前倒しで開始した。フランスではDoctolibに代表される医療サービス予約サイトから直接、ワクチン接種の予約をすることが可能となっている。各医療機関において、当日か翌日に接種枠が空いている場合に限り、一般の申し込みも受け付けられるようになった。2回目の接種枠も同時に予約される。

私もDoctolibから運良く接種枠を予約することができ、早速モデルナ製ワクチンの初回接種を受けた。地元の病院に設置された接種会場を訪れると、受付、問診、接種、セキュリテ・ソシアル(フランスの社会保障制度)への登録が流れ作業で行われており、接種後の待機時間も含めて30分とかからずに会場を出ることができた。現在は初回接種分だけで1日40万人を上回るペースであり、夏のバカンスまでに国民の60%に初回接種を行うという政府目標は十分に達成されそうである。

ではコロナ禍は「もう終わったこと」にしてもいいのだろうか。レストランに行けるようになったから、旅行に行けるようになったからといっても、まだ安易にポストコロナという言葉を使うべきではないと思う。今も最前線で戦う医療従事者の待遇はほとんど改善されていないし(マクロン大統領は1年前に抜本的な改革を約束したはずだが)、コロナが原因で家族や仕事を失った人たちの将来に特別な配慮があるわけでもない。 私は日本で阪神淡路大震災を経験したが、本当の意味で社会が立ち直るためには気の遠くなるほど長い時間と努力が必要なのだと学んだ。

フランス社会は目の前に危機があるうちは「連帯(Solidarité)」し、それが過ぎてしまえば「個人の自由(Liberté)」を最優先に考える傾向がある。もしポストコロナの雰囲気の中で次回の大統領選が行われるのであれば、コロナ禍がフランス社会にもたらした格差や分断は、修復されるどころか拡大を招くことになるのではないだろうか。




執筆者プロフィール:
田畑俊行(たばた としゆき)
エンジニア。1983年兵庫県生まれ。京都大学工学部物理工学科を経て、東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)を取得。その後、2013年に渡仏。原子力代替エネルギー庁電子情報技術研究所の研究員(ポスドク)を経て、現在はパリ近郊の半導体技術関連のベンチャー企業にて研究開発チームを率いる。



あわせて読みたい

ページトップ