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巴里日記_12
緩む国民の危機意識〜再び求められる政府のリーダーシップ

田畑 俊行

新型コロナウイルスのパンデミックが始まって早一年が経ち、マスクの使用や、店舗出入口のアルコール消毒液のボトル設置などは、すっかり日常の中に定着した。当初は山ほどいたマスク反対派の人々も、主戦場をパリの広場から子どもたちの学校に移して細々としか活動していないようだし、家の近くの大型スーパーマーケットに買い物に行けば店の入口に立っているガードマンがしつこく手の消毒を求めてくる。

私の生活はというと、基本的には在宅勤務。食料品の買い出しも大型スーパーマーケットのドライブ・ピックアップを利用するので、外に出て自分の足で歩くということが極端に少なくなった。自宅での筋トレ以外にもたまには外で走ったりするべきだと思いはするけれども、仕事のメールと電話会議に忙殺されてつい出不精になってしまう。

職場の同僚や友人たちも、おおよそ似たような生活だ。コロナ以前はよくレストランやバーに出かけていたグループなどはさぞストレスが溜まっているだろうと思う。そういえば、最近彼らの何人かが続けざまにアパートを購入したらしく、自分好みに改装するのだと言ってコツコツと日曜大工をしているらしい。彼らなりに、代わりの遊びを見つけたのだろうか。

フランスでは、昨年末クリスマス前までに全国新規感染者数を一日あたり5000人にまで下げることを目指していた。しかし、これは達成されず、そこからまたじわじわと数字は上昇して、現在では1日当たり2万人を超える日が続く。

どうにかして感染拡大を抑えたい政府は、再度のロックダウンについて度々観測気球を上げているが、その度にパリを含めた各地域の首長から強い反対を受け、大きな決断ができないでいる。

一方で、待望されたワクチン接種も始まった。これを書いている時点で、政府の公式発表によれば、およそ170万人がすでに2回のワクチン接種を終えた。予定通りいけば、4月中旬までに少なくとも1000万人(75歳以上の高齢者や既往症のある人など、脆弱な人全員)、5月中旬までに2000万人(50歳以上のほぼ全員)、夏までに3000万人(18歳以上の3分の2)にワクチンの接種が完了する。ただ、フランスではワクチン接種自体を好まない人が多いと言われ、私の周りでも、「ワクチンなんて打ちたくない」と言っている人は多い。政府としては今の所、個人の判断に委ねるとしており、今後のワクチン接種にどこかでブレーキがかかる可能性は拭えない。

このところ急速にリーダーシップを失いつつあるマクロン政権がいつまで国民をコントロールできるのか、不安が募る。早く「コロナ以前の生活」に戻りたいという国民の内なる声は、今にも爆発しそうだ。それを象徴するように、夜の街で隠れてパーティーを行う「レジスタンス」が後を絶たない。

外出制限のルールが変更される度に作り直し、日々携帯することになる特別外出許可証明書も、今ではただの紙だ。余程運が悪くなければ、まず警察に確認されることはない。パリ市内に住む同僚の話によると、門限の18時以降にビール瓶を持って道を歩いている男が、何食わぬ顔で見回りの警察官の前を通り過ぎていったらしい。また、仕事の都合でいまでもたまにTGVに乗らなくてはならない別の同僚は、昨年の夏以降、移動中に許可証を誰かに見せたことは一度もないという。食料品の買い出しは外出理由として認められていないが、私のアパートの下にあるパン屋の前にも18時を過ぎてなおバゲットを買いに来る人が列を作っている。

外出制限の効力が弱まり、人々の外出が増えているのは明らかだ。マスクを付けて手を消毒しても一向に全国新規感染者数が減らないのも、当然な気がする。これから春になり暖かくなれば人々はさらに外出するようになり、より状況は悪くなるだろう。

今フランス社会のコロナ対策で問われているのは、政府の毅然としたリーダーシップだ。2022年春に控えた大統領選挙を見据えているのだろうか、昨年7月カステックス首相に交代後のフランス政府は国民の反発を極端に恐れているように見える。感染拡大防止策として積み上げてきたこれまでの地道な努力が水の泡になってしまうことだけは、なんとしても避けなければならない。



執筆者プロフィール:
田畑俊行(たばた としゆき)
エンジニア。1983年兵庫県生まれ。京都大学工学部物理工学科を経て、東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)を取得。その後、2013年に渡仏。原子力代替エネルギー庁電子情報技術研究所の研究員(ポスドク)を経て、現在はパリ近郊の半導体技術関連のベンチャー企業にて研究開発チームを率いる。

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