参院選で、SNSによる「ウソ」や「デマ」を拡散するフェイクニュースが、問題として取り上げられた。今回は、過去の反省を踏まえてメディアも専門家も、ファクトチェックで様々な発信を続け、注意を喚起した。
だが、選挙結果を見る限り、奏功したようには思えない。そして、このところ気になっている「騙される」ことについての疑問が、確信に変わった。
多くの人は、騙されていることに気づいていないのではないか――。
「自分は、SNSやフェイクニュースに騙されない」と信じて疑わない。あるいは、「本当はSNSよりも、オールドメディアの方がウソをついている」と考えている。
自分が興味を持った主張や、賛同できる意見は常に正しい側にあり、一方で世の中は、目に見えていないところで動いている、と考える人は多い。だから、それを肯定する「答え」を、分かりやすく発信する人と出会うと、「やっぱりそうだ。私の思った通り!」と腑に落ちる。
今を生きるのが辛く、未来に希望が持てなくなると、誰しも不安が募る。社会への不信感が高じてしまい、その原因を探ると、「優遇されている誰か」や「不公平な仕組み」が、自分を不幸にしていると思いたくなるのは、人情だ。
フェイクニュースの発信者は、そういう感情につけ込み、「あなたたちは騙されている!」と偏った情報を流し続けているのだ。
閉塞感漂う日本社会を良き方向に改善する努力を、国民全てが考え行動することは重要だ。だが、誰かを悪者にして、暴力的な思想や行動を断行する行為で、世の中が良くなるだろうか。
感情だけで物事を判断するのは危険だ。
感情的になった時こそ、立ち止まり大きく深呼吸して、自分が信じたいと思う主張と、時にはそれを否定する訴えにも耳を方向けて丁寧に反芻する――。
そういう習慣をつけなければ、「あなた、騙されているよ」といくら言っても、相手からは、「騙されているのは、そっち」と返されてしまう。
その罠に陥らないため、立ち止まる余裕を持ちたい。
●初出:月刊「商工会」2025年9月号
https://www.shokokai.or.jp/shokokai/gekkan/index.htm

