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コラム

企業×株主・考 第1回
株式投資が扉を開いた世の中への「関心」

槙野 尚

中学生の頃から15年以上にわたり個人・機関投資家として日本の株式市場に参加し、これからニューヨークへの留学を控える筆者が、変わりつつある企業と株主の関係を考察する。

私が株式投資に興味を持ったのは中学2年生だった2003年、『ハゲタカ』が刊行される前年です。
初めは父親の影響で、身近な企業の株式を少し買ってみた程度でしたが、その後投資の仕事に就くまでになったのは、私にとって株式投資が単なる「利殖」ではなく、「社会と繋がり、社会に是非を問う」行為に昇華されたからです。
これは『ハゲタカ』シリーズに通底するテーマである「日本が抱える問題を正視し戦う勇気を!」とも符合するものだと思っています。

そうした経験から、「自由な市場」の価値を本質的に信じていますし、その仕組みを使って日本の企業や社会に活力をもたらしたいと考えています。
しかし同時に気候変動やマイノリティ差別のように、既存の市場機能では上手く解決できない問題が大きくなり、市場の存立基盤をも危うくしていることも認識せざるを得ません。
さらにコロナ禍の中で、市場が助長してきた資源配分の歪みや格差の問題がますます露呈しているとも言われています。本コラムでは日本における企業と株主の関係や、米国で変わりつつある両者の関係について考察していきたいと思います。

初めて投資に触れたとき、私は地方都市(岡山)に住む田舎の中学生でした。普通に生活していれば、学校、部活、塾ぐらいで完結する毎日でしょう。でも私は株式を持つことで、例えば米国大統領の発言や中東情勢にまで関心を持つようになりました。
なぜならば、こうした世界の出来事が、自分の財布の中身にダイレクトに影響を与えるようになったからです。そして中学生ながら親の経済紙を借りて読み、世の中の構造を知りたいと勉強にも励むようになりました。

あるとき英語の”interest”の語源を調べてみたことがあります。それはinter(間に)+est(存在する)というもので、元々は商取引に介在して金利を取ることを意味するそうです。転じて、「儲かりそうだ」→「面白そうだ/関心を持たせる」という意味になりました。自分の大切なお金がかかっているから関心が生まれるし、その成り行きを見守るのが面白いとなるわけです。

私のような田舎の中学生も含めた投資家たち、皆で形成した価格によって、様々な可能性を期待して資源を配分するのが、直接金融たる株式投資の醍醐味です。
片や銀行にお金を預けるとどうなるでしょうか。その先はどこでどのような企業に貸し付けられているか分かりませんし、預金者が経済に関心を持つことは少ないでしょう。

実は融資にかかるコスト(情報の生産コスト)が低いのは、銀行を通じた間接金融です。個々人が調べる代わりに銀行がまとめて与信審査を行ってくれるからです。その反面個々人の関心は薄れ、いつしか他人任せになり、介在機関が肥大化してしまう可能性があります。

同じ構造は、日本社会のあらゆる場面に存在している気がします。資源の乏しい日本では、資源配分を効率的に行う上では政府/財閥/銀行/本社(経営企画部、人事部)といった「お上」に判断を任せ、身を委ねることが価値の最大化に繋がり、合理的だとされてきました。
例えば、政府が鉄鋼業を重要産業だと考えれば銀行はそこに資金を傾斜配分し、本社の経営企画部が事業計画を立てれば人事部はそれに合致する人を採用し育て配置するという具合です。

その意味で、政府と密接な財閥主導の経済界や終身雇用制度は、戦後の日本社会に即した素晴らしい仕組みであったと思います。しかしやがて欧米への工業的なキャッチアップを終え、いくつかの先端産業で世界をリードし始めた瞬間、明確なターゲットを失いました。これらの仕組みでは資源の配分先を見つけられなくなってしまったのです。

同時に、バブル崩壊で多額の不良債権を抱えた銀行に預金を預けていた預金者は、破綻のリスクに怯えながらも銀行に代わる運用先を見つけられていません。
さらに、人事部にキャリアを委ねていた労働者は度重なるリストラで社会に放り出される危機に直面することになります。

私が市場の仕組みに期待する理由はここにあります。各人の貴重な財産であるお金、時間、労働力の運用を他人任せにするのではなく、市場の参加者として自らの手に取り戻すことが、「言い訳のない人生」を生きることに繋がると思うからです。選択の自由に基づいて自分で決めたことならば本気になれる ― そうして個々人が見出した事業やキャリアの可能性に賭けることで、不透明な時代の中でも新たな価値を生み出すことができるはずです。
人々の「関心」に支えられた、とても人間くさいものである市場に参加することは、無関心を打破する一歩になります。



執筆者プロフィール:
槙野 尚(まきの なお)
株式アナリスト。資産運用会社勤務。東京大学法学部を卒業し、外資系投資銀行の株式調査部に入社。その後資産運用業界に転じ、企業との建設的対話(エンゲージメント)に注力した運用に従事。コーポレート・ガバナンスやディスクロージャーが専門で、金融庁の勉強会メンバーや、企業会計基準委員会の専門委員なども務める。2020年夏よりニューヨークの大学院に留学予定。

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