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「国民を危機から守る」─外出制限延長に込めたマクロン大統領の覚悟

田畑 俊行

4月13日、フランスのマクロン大統領がテレビ演説を行いました。ただ一言、見事としか言いようのない内容で、行政トップとしてのリーダーシップが明確に示されていました。

まさに「肚をくくったな」と思わされたのは、約1ヶ月にわたり厳しい外出制限を守り抜いた国民の前で、それをさらに約1ヶ月、5月11日まで延長すると宣言したことです。それまでは2週間単位での段階的な延長でした。日々の入院患者数や死亡者数の増加ペースが緩まっていたこともあり、メディアでは制限解除へ向けた話題が増えてきているところでした。

演説に先立ってアジア諸国での新型コロナ感染再発が報じられたこともあるでしょうが、この時点での思い切った1ヶ月延長の理由に関して、大統領の口からはっきりと「国民の健康が第一である」と語られたのが印象に残ります。そもそもマクロン大統領の強みは経済成長政策にあり、2017年の就任から現在に至るまでイノベーションなどを前面に押し出して新たな産業をフランスに創出するため多くの取り組みを実施しています。

そんな大統領の頭に、コロナ危機による経済損失がよぎらないわけはありません。一刻も早く経済活動を再開し、経済成長の失速に歯止めをかけ、遅れを取り戻さなくては!と考えて当然です。

しかし逆に、上述のような厳格な外出制限の延長に加え、子供がおり経済的困難を抱える家庭への特別援助、(中小に限らず)企業への支援拡大と手続きの簡略化、観光業など最も打撃を受けたとされる業種への特別な援助計画など、各種支援の拡大強化を国民の前で明言したことは、長期的視野に立ってフランスの未来を考えていると思わせるに足る態度だったと思います。個人的には、マクロン大統領の2期目続投も十分あり得ると感じました。

また、マクロン大統領の言葉が真摯に感じられたのは、それまでの危機対応に関し政府に至らぬところがあったと認めた上で、それを今後どのように改善していくのか具体的に述べた点にもあります。誰が、何を、いつまでに、どのように実行していくのか、これを国民の前で明言することで、自らに義務を課し、必ず国民を危機から守るのだという覚悟が映し出されていました。

ただ、こうした状況が生まれたのは、決してマクロン大統領が有能だからではないと私は思います。日本の首相とは異なり、フランス大統領の任期は5年です。国民自らが選んだリーダーに対し、文句は言っても最後まで委ねるというのが、多くのフランス人のスタンスです。
そしてその評価も、瑣末事より、大局から見て国をどのような方向へ導いたのかに焦点が当てられますから、公平であるように思います。大統領の失政は、国民の失政であり、そこに他人事という感じはありません。

今回のコロナ危機の最中で改めて感じるのは、国家とは為政者と国民の両輪が連動してはじめて前に進むことができるということです。為政者は、危機に際して国民の生活を守る義務があります。その働きを監視し、不十分であれば修正していくのは国民の責任です。両者の働きが共に成り立って初めて、国家としての実像を持つのだと思います。

実際、フランスでは遊説する政治家に対し、国民が直訴する姿がメディアでよく流れています。相手が大統領であっても、フランス国民は臆しません。むしろ、直接本人に物申すことができるチャンスだと考えます。

また、政府も、国民への説明や報告を怠りません。コロナ危機対応においては、フィリップ首相やヴェラン保健大臣が頻繁に国民の前に登場しますが、私のような研究者・エンジニア目線でも、彼らのメッセージは毎回具体的かつ明確だと感じます。様々な質問に対して、彼ら自身が事務方やカンペに頼ることなく正面を向いて受け答えする姿に、自ずと政府に対する信頼感が湧くように思います。

国家が実像を持たずに、社会の未来を描けるはずはありません。日本では、随分前からそれが見えなくなっていると実感しているのは、私だけではないはずです。

フランスは必ずしも理想的な社会ではないかもしれません。絶え間なく衝突する多民族国家で、テロの悲劇もまだ記憶に新しいところです。失業率も低くはありません。差別もあります。問題を数え上げればいくらでも出てくるでしょう。それでも、私は、このフランスという国を羨ましく思います。それは、危機対応にリーダーシップを発揮できる政府があり、それを監視する国民の姿があり、そこに、この社会の未来への可能性を感じられるからです。

いよいよ来週から、フランスでは外出制限が解除される見込みです。「この国は転んでもただでは起きない」―そう思わせる国家としての芯の強さが、果たしてどのように表出するでしょうか。



執筆者プロフィール:
田畑 俊行(たばた としゆき)
エンジニア。1983年兵庫県生まれ。京都大学工学部物理工学科を経て、東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)を取得。その後、2013年に渡仏。原子力代替エネルギー庁電子情報技術研究所の研究員(ポスドク)を経て、現在はパリ近郊の半導体技術関連のベンチャー企業にて研究開発チームを率いる。

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