突然ですが、先日帰宅すると家のドアの鍵がまったく回らなくなっていました。フランスの家やアパルトマンの建て付けは往々にして悪いものなので、ドアが動きにくい、鍵が回りにくい、というのはさして驚くことではありません。
しかし、今回は鍵穴に挿した鍵がまったく抜けなくなってしまいました。鍵を揺すったり、ドアを押してみたり、しばらく格闘しましたが埒が明かず、隣の部屋のドアノブに貼られていた(鍵屋にとってはすばらしい広告手法だと思います)電話番号に電話をかけました。
30分ほどで鍵屋が到着し、早速ドアを開けにかかります。ガンガンと大きな音で作業をやりだしたので、すぐに同じ階のご近所さんがなんだなんだとぞろぞろと集まってきてしまいました。野次馬たちは、ああ、どうせ鍵を中に入れたままドアを締めたんだろう(フランスの一般的なドアはこうなると開きません)と考えるわけですが、こちらがそうじゃないんだと状況を説明しているうちに、鍵屋のおじさんは半ば強引に鍵穴のついたシリンダー一式を壊し、ドアから引き抜いてしまいました。曰く、「なにかおかしい」と。「内側は回るのに外側が回らない、つまり、誰かが外から無理に鍵を開けようとしたようだ――」
それを聞いた野次馬の一人が、「そういえば、さっきパトカーが近くに停まっていたが、どうもこのあたりで空き巣があったらしい」と言います。では、その空き巣犯が我が家にも入ろうとしたというこか……確証はありませんが(単に運悪く鍵が壊れただけかもしれないので)、どちらにしても、あまり気持ちのいい話でないことは確かです。
実は、空き巣《仏語:Cambriolage》による被害はフランスでは珍しいことではありません。2016年の統計ですが、年間で未遂も含めるとその数字は47万件にも上ります。同じ年の日本での住宅対象侵入窃盗の認知件数は3万件程度ですから、その数は軽く10倍以上です。被害者にとっては窃盗だけでも十分にこたえる話なのですが、フランスでの住居侵入はより深刻な事態を招くケースがあります。
それは、不法侵入者がそのまま住み着いてしまい《squatteurs》、追い出せなくなるケースです。そんな馬鹿なことが、と初めて聞いたときに私も思ったのですが、実際に起こっているようなのです。行政の公式ホームページの情報によれば、そうした場合、相手の暴力行為により危険が及んだり、後から訴訟を起こされる可能性があるため本来の所有者が彼らを勝手に追い出すことはできず、警察への被害届の提出、行政への強制退去措置の要請など、面倒な手続きを経なくてはなりません。
さらには、こうした不法侵入兼占拠者に子供がいた場合、強制退去が困難になるとされています。長年居住者がおらず放置された物件でのこうした不法占拠であればまだ想像できるのですが、メディアによれば現在人が住んでいる住居に対しても、不在時を狙った不法占拠目的の侵入というものがあるようなので、私としては今回の一件でひどく不安にさせられた次第です。とにかく、国が変われば法律も変わり、社会の中で何が守られるのかも変わってくるのだということを実感します。
最終的に、鍵屋のおじさんは替えのシリンダーをつけてくれましたが(さすがに鍵無しでは眠れないので)、こうしたケースでは足元を見られるもので、今回は総額約900ユーロ(約11万3000円)にもなりました。
費用の内訳を見ると、ネットで30ユーロ程度で売られているシリンダーを400ユーロで買わされていたことには驚愕しました。しかも、この替えのシリンダーは元のものより安全性が低く、結局再度新しいものを付け替えなければなりません。また鍵屋のおじさんに法外な金額を払う気にはなれないので、人生で初めて自分自身でアパートの鍵の付け替えをやることにしました。ちなみに、元のシリンダーと同型の安全性の高いものは、ネットで200ユーロで購入できました。
周りのフランス人を見ていても、かなりの人が壁の塗装、水回りなど、簡単な工事や作業なら自分でやるというスタンスで、見た目の仕上がりはあまり気にしないようです。私も少しずつそうなっていかなくてはならないのかな……、今回の空き巣騒動を機にそんな思いを強くしています。
執筆者プロフィール:
田畑俊行(たばた としゆき)
エンジニア。1983年兵庫県生まれ。京都大学工学部物理工学科を経て、東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)を取得。その後、2013年に渡仏。原子力代替エネルギー庁電子情報技術研究所の研究員(ポスドク)を経て、現在はパリ近郊の半導体技術関連のベンチャー企業にて研究開発チームを率いる。