3月半ば、フランスでは新型コロナウイルスの1日当たり新規感染者数が3万人を超え、コロナ重篤症状患者専用病床の占有率も90%に迫る状況です。あらゆる指標が昨年の10〜11月の水準に戻り、残念ながら第3波の到来が現実になってしまいました。フランス国民特有の、社会全体の規律よりも個人を重んじる気質が、感染拡大のコントロールを難しくしているのかもしれません。
今回はついに、私の周りでも多くのコロナ陽性者が出ています。職場や子供の預け先で陽性者が出ると、私自身も濃厚接触者の扱いになり、フランスでは最終接触日から7日間の自主隔離が義務となります。この自主隔離期間中には、テレワークができない人に対しては国から休業手当がでます。そして、自主隔離の最終日には、コロナウイルス感染のスクリーニングテストを受けることになっています。3月だけで、私は2回も濃厚接触者になってしまいましたが、幸い感染自体は避けることができました。
このように困難な状況下のフランスですが、国民の感染状況の把握に関して言えばうまく進められているように感じます。それには、全国に配置された専用施設(Centres de dépistage)や市中の薬局を通じた、コロナ感染のスクリーニング検査拡充が大きな役割を果たしているように思います。
専用施設ではPCR検査を受けることができます。医療系分析サービスを提供するグループと提携しており、月曜から金曜の9時〜18時 に、予約なし、処方箋なしで対応してくれます。子供にはより簡単な唾液採取による検査を実施してくれます。事前に保険証番号などを専用サイトで登録しておけば、検査会場での受付はQRコードを提示するだけなのでとても簡単です。結果はメールでおおよそその日のうちに通知されます。公的医療保険(セキュリテ・ソーシャル)の電子アカウント上で明細を確認したところ、1検査にかかる費用はおよそ63ユーロですが、個人負担はありませんでした。
市中の薬局では、鼻腔粘膜採取による抗原検査を受けることができます。営業時間内に店頭で保険証を提示すれば、予約なし、処方箋なしで対応してくれます。ただし、6歳以下の子供は検査を受けることができません。結果はその場で15分以内に判明。レシートによると、検査費用はおよそ34ユーロでした。こちらも個人負担はありません。
昨年の第2波以降、フランスではより強い感染力を持つとされるイギリス変異株が勢力を拡大し、現在では新規感染者全体のおよそ7割を占めると言われています。また、データ上では、若年層への感染拡大が顕著であり、上述の重篤症状患者専用病床への入院期間も長期化しているそうです。
そこで、マクロン政権はようやく3度目のロックダウンを決断しましたが、地域によって感染拡大状況が異なるため全国一律の措置を講じる意義がないとし、現時点(2021年3月25日)では部分的な実施に留まっています。
発表された規制措置の内容からも腰の引け具合が見て取れます。学校は閉鎖せず、屋外での感染リスクは極めて低いとして買い物・スポーツ・その他の日常的理由での外出に対し、証明書を所持すれば住居から10キロ圏内で時間無制限で行動が許されるのです。つまり、地域圏を超える移動を除けば「外出することが可能なロックダウン」という矛盾が露わになっています。
加えて、新規感染のおよそ30%が職場で発生しているとしながらも、今回の措置にテレワークの強制力はなく、職務証明書さえあれば通勤や国内出張が自由にできてしまうというのも矛盾しています。一方で、飲食業界などパンデミック当初から忍耐を強いられている人々への規制は変わらず厳しいままで、さらなる不公平感を生んでいます。こうした規制のあり方に、国民からは「意味がわからない」という声が多く聞かれます。
こうした名ばかりのロックダウンがどうして実施されることになったのか。その狙いは、来年の大統領選挙にあるのではないかと思います。表面的にはマクロン政権のリーダシップを演出することができる一方で、緩やかな「抜け穴」をふんだんに盛り込むことで国民がコロナ禍で溜め込んだストレスを少しガス抜きさせることができるからです。
また、もし予定通りにワクチン接種が進み(政府によれば、6月中旬までに18歳以上の3分の2の人口に当たる3000万人)、マクロン大統領の在任期間中にコロナ禍を脱する道筋をつけることができたなら、政府にとっては選挙への大きな弾みになる可能性があります。
その間、国民の感染状況を示す各指標が高い水準で一進一退を繰り返すとしても、就業人口が約1%しかないホテル・飲食業など大きな影響力を持たない業界(や選挙権のない子供たち)、最前線で戦い続ける医療従事者を犠牲にしながら、医療崩壊を防ぐギリギリのラインでの舵取りを続けるつもりなのでしょう。
来年の今頃、「国民皆で勝ち取った勝利」を高らかに叫ぶマクロン大統領の姿が目に浮かびます。しかし、厳しい犠牲を強いられた人々に対する具体的な配慮を欠いたまま、経済の回復と発展こそが社会の目指すべき価値であると再び訴えるのならば、フランス社会は彼の再選を許すのでしょうか。
執筆者プロフィール:
田畑俊行(たばた としゆき)
エンジニア。1983年兵庫県生まれ。京都大学工学部物理工学科を経て、東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)を取得。その後、2013年に渡仏。原子力代替エネルギー庁電子情報技術研究所の研究員(ポスドク)を経て、現在はパリ近郊の半導体技術関連のベンチャー企業にて研究開発チームを率いる。