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巴里日記_15
マクロン政権下での地方選大敗と投票率急低下〜大統領選控えるフランス社会の行く末は

田畑 俊行

フランスに暮らす私の周囲でこの1、2カ月、人々の口から「コロナウイルス」という単語を聞く機会が極端に減った。

フランスにおけるワクチン接種完了者数は6月から順調に増え続け、7月にはついに国民の半数を超えた。その効果なのか、従来株の2倍以上の感染力を有するとされるデルタ株による感染の再拡大はあるものの、重症患者数は一貫して減り続けている。7月12日に放送されたマクロン大統領のテレビ演説では、医療従事者など一部の業種に対するワクチン接種の義務化(不履行者には制裁)が打ち出された。

こうした状況は、普段の生活におけるフランス国民の心理的負担を大きく減らしているように思われる。パリのカフェやレストランでも、一度席についてしまえば、マスクのことなど忘れ、以前のようにおしゃべりやアルコールを楽しむ姿があちこちで見られる。私自身もワクチン接種を終え、街に出かけることが増えた。加えて、友人の家に招かれる際にも気苦労がほぼなくなった。「ワクチン接種完了しているから心配しないで」「私も」というやりとりは、今では合言葉だ。

すでにフランス国民の頭の中はバカンスをどう過ごすかでいっぱいだ。友人や同僚の中には、国外に遊びに行く予定を立てている人も多い。

そうした中、バカンスシーズンのコロナ感染対策として大きな期待がかかっているのが、8月上旬以降に義務化される衛生パスポート制度(QRコードによるワクチン接種完了証明またはPCR等陰性証明で、公的社会保険制度の個人番号にワクチン接種履歴や検査結果が紐付けられる)の運用だ。カフェ、レストラン、大型商業施設、病院、公共交通機関などで、すべての利用者に提示が求められる予定だ。また、EU域内での国境移動の際には、衛生パスポートのEU規格版が必須となり、公的疾病保険制度の公式サイトから各自ダウンロードして取得することができる。

このように着々と進んでいるようにみえるフランスのコロナ感染対策だが、すべての国民がこれらの取り組みに賛成しているわけではない。このところパリでは、週末になると、上述の衛生パスポート制度やワクチン接種義務化に対する抗議デモが繰り広げられている。フランスではコロナ以前からワクチン反対派が多いと言われていたが、そうした人々だけでなく、政府からの強制力が働くことで個人の自由を奪われていると感じた人々もその列に加わっている印象だ。加えて、政府はコロナ禍で犠牲を強いられた人々の救済に手を尽くしているというが、それらが十分な効果を上げていない現実もある。

先日行われたフランスの地域圏議会選挙において、マクロン大統領の与党「共和国前進」が大敗を喫したと報じられた。さらに、今回の選挙の投票率は前回2015年の約59%から約35%に急激に低下しており、歴史的な数字となった。コロナ禍を経て、フランス国民の間で政治に対する失望が以前にも増して広がっているようだ。

コロナ禍のような国家の危機にあって、国民の命を守ることは政治の最優先事項だ。その点では、パンデミック直後から無料のスクリーニング検査を全国展開し、今日では一部義務化まで踏み切ってワクチン接種を進めるマクロン政権の対応は評価されるべきではないか。日本人である私は、今の日本の政治の状況と比較してこう思ってしまう。しかしながら、マクロン大統領のように、現在のフランス社会におけるエリートの代名詞のような人物による強いリーダーシップは、自由と平等を愛する多くのフランス国民にアレルギー反応を引き起こすのかもしれない。加えて、彼らがそもそも政治に対して求めているものは日本人のそれよりもずっとシビアなのだろう。

マクロン大統領は、先述の7月12日のテレビ演説冒頭において、フランスがコロナ感染の抑制に成功し、再び日常が戻ってきたことを強調した。しかし、先の選挙結果を見れば、マクロン政権が第3波収束時に演じた、感染爆発のリスクと隣り合わせの国民の行動制限緩和および経済活動維持という危険な綱渡りを、フランス国民は冷ややかな目で眺めていた、ということがわかる。

こうしたフランス国民の姿勢は、マクロン政権が推進する経済再建に目を奪われることなく、これまで犠牲を強いられた人々が未だ救われていないことを忘れず、コロナ禍が社会にもたらした格差と分断に対して、今後慎重に向き合って行こうとする潜在意識の現れなのかもしれない。

しかし、一方で、極端に低下した投票率は、フランス国民が政治参加という社会へのつながりを放棄しつつあることを示唆しているとも言える。もしそうであるなら、彼らに特有の個人主義が、個人、民族、世代、職種などあらゆる層で利己的な思想を先鋭化させ、それが社会の格差と分断を一層加速させる危険を孕んでいる。

いずれにしても、2022年の次期大統領選挙までのこれからの数カ月が、フランス社会の行く末を決める重要な時期になるはずだ。すでに立候補を表明している人々の中には、前回2017年の大統領選挙でマクロン現大統領と決選投票を戦った極右「国民連合(旧、国民戦線)」のル・ペン党首も含まれている。彼女は、国会や党の公式サイトでも訴えているように、個人の自由を侵害するものであるとしてワクチン義務化や衛生パスポート制度に反対の立場だ。また、まだ正式に立候補は表明されていないが、前回の大統領選挙の第1回投票でマクロン氏やル・ペン氏に迫る票数を獲得した極左「不服従のフランス」のメランション党首も、同様の主張を行っている。

実際に選挙戦に突入した時点でフランスの社会状況がどうなっているのかは不透明だが、どんな候補者がどんな主張を繰り広げるのか、そしてその訴えがフランス国民にどのように響くのか注目したい。



執筆者プロフィール:
田畑俊行(たばた としゆき)
エンジニア。1983年兵庫県生まれ。京都大学工学部物理工学科を経て、東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)を取得。その後、2013年に渡仏。原子力代替エネルギー庁電子情報技術研究所の研究員(ポスドク)を経て、現在はパリ近郊の半導体技術関連のベンチャー企業にて研究開発チームを率いる。

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