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コラム

「世界」を読む no.6
〜サンダースのミトンと『二都物語』。編み物と政治の深い関係

加賀山 卓朗

1月20日のアメリカ大統領就任式で、ファッションショーさながらの豪華な衣装をまとった人々が集まるなか、地味なコートに手編みのミトン、マスクをつけて座っていた民主党のバーニー・サンダース上院議員の写真がミーム(笑いを誘う模倣画像)となり、瞬く間にさまざまに加工されてインターネットで拡散した。すかさず彼の陣営はその画像を印刷したシャツやトレーナーを販売し、売り上げた180万ドル(約1億8800万円)の全額を地元ヴァーモント州の慈善団体に寄付したという。ネット時代の佳話である。

サンダースのミトンは、同じ地元の支持者が編んだ贈り物だった。この話を紹介したイギリスのBBCニュースは、話を広げて、そもそも編み物には政治的抵抗や革命行動などと結びついてきた歴史があると解説している(https://www.bbc.com/japanese/video-55854326)。第二次世界大戦中には、イギリスのドイルという女性スパイがナチス占領下のフランスに潜入し、自転車で地域をまわりながら敵の位置情報を編み物に記録したらしい。編み物は二進法の仕組みなので、モールス信号のようにどんな情報も記録することができるのだ。

編み物と政治の関係に興味が湧いてさらに調べてみると、「ヤーンボミングyarn bombing」(直訳すると糸爆撃)と呼ばれるストリートアートがあった。時には、壊してほしくない景観物などに編み物を巻きつけて、抗議の意を表すことにも用いられるようだ。手間暇かけて「念」をこめたことがひと目でわかるし、糸をほどけばすぐに原状回復できるので、なるほどそうした社会的主張に使いやすいのかもしれない。

そこで思い出したのが、文豪ディケンズの後期の代表作『二都物語』に出てくる強烈な悪役、ドファルジュ夫人である。彼女はフランス革命前夜のパリで酒屋の店番をしながら、いつもせっせと編み物をしている。怒れる民衆を代表して、処刑すべき人間の名前を編みこんでいるのだ。外を出歩くときにもその「名簿」を手放さない。目的こそちがえ、第二次世界大戦中に女性スパイのドイルがしていたことと同じである。『二都物語』では、ほかの女性たちも編み物をしながら、断頭台のまわりに集まって処刑を見守るなど、編み物が文字どおり「革命」を象徴するモチーフになっている(ちょっと凄惨な使われ方で、編み物には気の毒だけれど……)。

サンダースのミトンにとくに政治的意図はなかったようだが、それを発端として、自分のなかで現在のニュースが160年前の小説とつながった興味深い瞬間だった。



【執筆者プロフィール】
加賀山卓朗(かがやま・たくろう)
1962年生まれ。翻訳家。おもな訳書に、『スパイはいまも謀略の地に』(ジョン・ル・カレ)、『ヒューマン・ファクター』(グレアム・グリーン)、『夜に生きる』(デニス・ルヘイン)、『大いなる遺産』(チャールズ・ディケンズ)、『チャヴ』『エスタブリッシュメント』(オーウェン・ジョーンズ/依田卓巳名義)などがある。

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