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コラム

知らない間に、危機は迫る
自著を語る『トリガー』

真山 仁

いつか、敬愛するフレデリック・フォーサイスやブライアン・フリーマントル、そしてジョン・ル・カレのような謀略・スパイ小説を書きたい。
それが、私が小説家を目指した時の一つの目標だった。
日本では、スパイ小説というと、007のイメージが最も強い。最近は映画版の『ジェイソン・ボーン・シリーズ』が加わり、ミッション遂行のためには、殺人も厭わず、意味なく世界中を飛び回り、格闘技の天才たちがバトルを繰り広げる冒険譚のイメージが定着してしまった。
また、日本国内のエンターテインメント小説の中でも、公安警察を舞台にしたものはあっても、欧米のエスピオナージ(スパイ小説)に近いものは、極めて少ない。
最大の理由は、日本には他国にある情報機関がないためだ。

スパイ活動というのは、銃も格闘技もない心理戦が中心で、対象国の高官や政治家を裏切らせるために手練手管を使い、双方が必死で相手の国家機密を入手して、国際政治や安全保障で、仮想敵より優位に立つために暗躍するものだ。エスピオナージは、そうしたスパイたちの群像劇だ。
私が『トリガー』で挑みたかったのは、まさにそういった権謀術数を駆使した国家間の駆け引きと政治力学のせめぎ合い、そして、大義名分のために、犠牲になっていく最前線のスパイたちの苦闘と苦悩だった。

ただ、スパイ小説の王道と言われたグレアム・グリーンやル・カレ、レン・デイトンのような重苦しく哲学的な作品ではなく、躍動的な側面と、関係各国が入り乱れ裏切りが横行するような緊迫感を重視したかった。
それによって今まで日本では、馴染みの薄かったスパイ小説の面白さを感じてほしいと願ったからだ。
また、日韓両国間のせめぎ合いに北朝鮮のエージェントが絡むという現在の国際情勢を反映したかのような立て付けにしてあるが、実際の主題は全く別だ。
その国こそが日本の真の敵であり、その国の横暴が、我が国を不幸にする可能性が高いと、強く私が感じている問題意識を反映した。
ご一読戴いた読者には、「こんなことが本当に起きているのだろうか」と疑問に思われる場面もあるかもしれない。だが、今、世界中で起きている深刻な問題をお伝えしたいというのを隠された主題として描いたつもりだ。
小説の中で起こる事件や出来事は、すべてモデルがないフィクションだ。しかし、作品の中にあるテーマや問題提起は、現代社会が実際に直面しているものだ。

「見たいものだけ見ていたい」という風潮が、日本に蔓延する中、それに浸り切っていたら、見えないところで物事が進行し、あなたの知らない日本になっているかもしれない、という警鐘を、本書が鳴らすことを祈っている。


紹介した本:
『トリガー 上・下』真山仁著(KADOKAWA)

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