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『面白くて痛快! スパイ小説の源流をたどる旅』前編
最新刊『トリガー』(KADOKAWA)刊行記念 真山仁トークイベント
2019年9月19日@ジュンク堂書店池袋本店

真山 仁

日韓を舞台にした謀略小説『トリガー』刊行を記念して行われたトークショー。日韓関係についての想いから謀略小説の魅力、そして、おすすめ作品の紹介まで盛りだくさんの内容を前後編にわたりご紹介します。

聞き手:郡司聡(KADOKAWA)

★初のスパイ小説を書くまで★

郡司 『トリガー』は、真山さんにとって初のスパイ小説です。無類のスパイ小説好きなのに、これまで書かれていなかったとは驚きでした。

真山 思い入れが強いとひとりよがりになりがちなので、作品テーマを選ぶ時、好きな物からは距離を置くようにしてきました。
新聞記者が主人公の小説を書くことも、長い間避けていました。自分が記者をしていた経験があるため、細部にこだわってしまうのと物語の本質がぼやけてしまうためです。それでも、記者を辞めて30年近く経ちますので、もう大丈夫かなと思って『雨に泣いてる』(幻冬舎文庫)あたりから、記者を主人公にした作品を書き始めました。IRを描いた『バラ色の未来』(光文社文庫)では、記者個人ではなく、記者という集団を主人公にする群像劇にも挑戦しました。
同じような理由で、好きな“スパイ小説”にはなかなか手をつけてきませんでした。ですが『ハゲタカ』(講談社文庫)でデビューしてから15年が経ち、そろそろいいかなと思うようになりました。

郡司 今回の『トリガー』は、いつごろ構想を得たのですか。

真山 KADOKAWAさんとは『虚像(メディア)の砦』以来久しぶりのお仕事でした。
心機一転、新しい物に挑戦しましょうということになって「スパイ小説にチャレンジしてみたい」と言ったところ、編集者も飛びついてくれたのが2015年頃のことです。

郡司 『トリガー』は日・韓・米・北朝鮮がらみの謀略小説です。
韓国の取材は私もご一緒しました。2017年2月のことで、当時はこれほど情勢が変わるとは思っていませんでした。

真山 気にしていたのは、何をやらかすか読めないトランプの行動で、その懸念を郡司さんと何度か話をした記憶があります。それだけに今日の日韓問題の激変は、想定外でした。

郡司 情勢は変わりましたが、実は構造的にも地政学的にも、国同士の関係はさほど変わっていません。プレイヤーが変わり、発言が違っているだけです。なので、小説としてはまったくぶれていないなと感じています。

真山 日韓問題のあり方を考えることだけに重きを置いたわけではありません。これまで米国、アフリカ、東南アジアを舞台した小説を書いてきましたが、韓国については、今まで登場人物を含め、まったくの手つかずだったので、韓国を軸にしたいと思いました。日韓のスパイ合戦は起こり得ませんが、日韓を巻き込んだものを何かできないかと考えました。
韓国に取材した頃、釜山に従軍慰安婦の少女像が出来て、問題になっていました。一方、ソウルでは日本大使館の裏で毎週水曜日の午後にイベントがあり、いかに日本が韓国を併合していた時代に酷いことをしたかを訴えている。それを取材してはどうかと勧められて、行ってみました。
イベントは、厳戒態勢で機動隊が囲んでいましたが、見学している大半は、日本のメディアと日本人観光客でした。過激なことを言っている雰囲気でしたが、日本語を話しても、誰も気にしない。日本を敵視している雰囲気はない。挙げ句の果てに、「パク・クネは、大統領を辞めろ!」と従軍慰安婦とは関係ない野次もあがっていた。その時に、「ああ、これはデモンストレーション、イベントなのだ」と思いました。

郡司 確かにあの集団は、ある種の同窓会のようなものだったりするようです。緊張感はさほど感じられなかったですね。

真山 地方の高校生が内申点稼ぎに来ていたり、報酬をもらっているバイトがいたり。高校生からお年寄りまでが順にスピーチしていましたが、何となくお決まりの事を言っているという印象がありました。
なので、メディアが伝えることだけで、韓国は日本を敵視していると思い込んではいけないと、改めて思いましたし、日韓の衝突はゼロではありませんが、本当に争う相手は日本でも、韓国でもないのではないかという認識を強くしました。

郡司 報道が煽り、険悪なムードになりがちなのは危険ですね。思惑はどこにあるのかが大事です。
以前、担当をしていたときに謀略小説の第一人者であるフレデリック・フォーサイスに聞いた話のなかで印象的な言葉がありました。
「何か不可解なことがあったときは、誰が得をしたか注意深く観察すべき」
まさにその通りで、何故こんなことになったのかを紐解いていくと、そこに本当のプレイヤーが潜んでいます。どちらに転んでも、誰かが得するようなゲームになっている。

真山 中国を含めた東アジアの情勢は、もっと東のほうにいる国が、仲良くしてほしくないと思って仕掛けていると思うようなことが起きています。中国を取材したときにも言われました。本当の敵は日中ではない、と。
『トリガー』も一見、日韓問題が描かれているのかと思われるかもしれませんが、それは単なる取っ掛かりです。
 
郡司 読み終わったあとに全部つながって「そうか!」となるので、また最初から読み返したくなりますね。

真山 スパイ小説というと、「007」のようなイメージを抱く人が多いと思いますが、本作はまったく別ものです。なりすまし、騙し合い、権謀術数を駆使しています。
日本には、はっきりとした諜報機関がありません。プロの諜報員は、そのつもりがないのに相手が国家機密を漏らしてしまうような、インタビューが上手な人であったり、味方につけたい人をいろんな罠にはめて、がんじがらめにしてしまうような仕事をします。そういう訓練を受けた人は、日本にはほとんどいないと思います。
もちろん、「あなたはスパイですか」と聞いて「はい」と答える人はいませんからわかりませんが。
先進国の中で諜報機関がないのは日本だけで、そのためか“スパイ天国”と言われています。平和憲法があるからだと言う方もいますが、実際にいま、各国の諜報機関が行っているのは自国の企業の利益を守るための活動です。それが、国益に繋がるからです。
また、日本の自衛隊は、米国の兵器を使っているために、中国などはその情報を得たいと暗躍しているとも聞いたことがあります。

郡司 一時期、秋葉原の“萌え系喫茶”で勉強のできる理系の学生を喜ばせて情報を得ているという話も聞きました。

真山 海外の一流企業に比べて、日本はセキュリティが甘い企業が多い印象です。「盗む人などいないだろう」と思っている人が多いからなのですが。
『トリガー』には現実には存在しない組織も出てきますが、007的な派手なスパイものではなく、日本を舞台に各国の諜報機関が蠢いている片鱗を感じていただければと思って書きました。

郡司 登場人物に“もぐら”と呼ばれる人がいますね。

真山 スリーパーとも言われるのですが、スパイであることを隠して入国し、命令があるまで息を潜めて時が来るのを待っています。10年間何もしないままだったり、死ぬまで活動しないままということも世界ではあるそうで、日本にも、そういうスリーパーが存在しているようです。
ソ連が健在だった頃、日本では、白人が動くと見つかりやすいから、スパイなんて暗躍できないという人がいます。しかし、最前線で情報をとるスパイは、日本人をスカウトするのが常道です。諜報員は後ろで彼らをコントロールすればいいのです。そういう人をアセットと呼びます。これは、中国や北朝鮮の諜報機関も同じだと考えられています。スカウトされたアセットは、国を裏切っているという意識を持っていない場合もあります。そもそも、日本人は国を裏切るという感覚が分からないかもしれません。

郡司 スパイ行為をしているつもりがなくても、情報だけ取られてしまっていることがあるかもしれません。

真山 コントロールする人にとって重要なのは、自分の正体を分からせないことです。万が一アセットが、スパイとして逮捕されても、どこの国に操られたかが分からず話せないからです。
極端なことを言うと、自分は中国のためにスパイ活動をしていると思ったら、後ろにいたのは米国だったというようなことは、よくある話なのです。

★多視点ならではの面白さ★

郡司 『トリガー』は多視点で書かれていますので、世の中的には隠れていることが読者には見える形で書かれています。

真山 『トリガー』では、現場で奮闘する人の思いや「これは誰が得するんだ」という葛藤、同じ握り潰すのでもこのやり方は違うだろうというやりとりなど、普段表に出て来ない部分も含めて多視点で書いています。物語が複雑にはなりますが、そうした普段見えないところを垣間見られるのも、小説の面白さではと考えました。
「多視点」について少し解説します。小説では、登場人物の背後にあるカメラを通して物語を読みます。そういうカメラを持った「視点登場人物」が、外国の小説では複数あることが多く、時には10人以上登場することもあります。
このカメラは、それぞれの人物の胸の内も照らしてくれるので、彼らの感情や反応も読むことができます。これが、様々な人の価値観を知るために役立ちます。
スパイ小説では多視点で書かれることで混乱してしまうことがありますが、さらにそれを利用して読者に考えてもらうような物語の作り方をするのが、スパイ小説の醍醐味なので、人によっては、もしかすると迷子になってしまうかもしれません。

郡司 多視点だと、読者がいろいろな場面に連れて行かれます。読んでいると、どこに目線を置けばいいか、良い意味で惑わされます。なので、読み終わった後にもう一度始めから読みたくなる。『トリガー』もそうでした。

真山 それは作者として嬉しい言葉ですね。



≪後編につづく≫
※後編の更新は、10月23日(水)です。

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