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発言

『正しさを疑え!』第16回
自民党の独走を許すのは、野党に責任

真山 仁

かつて、アメリカと同様日本にも、「民主党」という政党があった。2009年、戦後初めて、与党を上回る議席数を獲得して政権交代を果たした政党だ。だが、その後約3年間で国民からの支持を失い、今なお「二度と民主党政権のような辛い時代を過ごしたくない」と語られている。

その民主党を倒し、首相についた安倍晋三が、憲政史上最長の政権維持記録を樹立する結果となる。様々な問題や不正、あるいは、民主国家としては首を傾げたくなるような政治を行って、「安倍は許せない!」と非難の声が上がっても、安倍政権は選挙を行う度に、圧勝してきた。

それは、安倍が率いる自民党の強さの証ではあるが、それ以上に、民主党に代表される野党のふがいなさの方が、原因として大きい。

政権を失った民主党は、何度も分裂を繰り返し、その度に、国民の信用を失った。にもかかわらず、責任の本質を突き詰めることなく、国民の信頼を失った「戦犯」と呼ぶべき政治家が、なおもリーダーとして君臨している。

残念ながら、彼らから「自民党に勝てないのは自分たちのせいであり、再び政権を握るためには、従来の発想を捨て、新しい日本のあり方を国民に訴え、選挙に勝たなければならない」という反省の弁は、ほとんど聞こえてこない。
そもそも、「民主」と名がつく二つの野党が、「リベラリズム」の真の意味を知っているのか、疑わしい。

彼らの最大のミッションは、政権を非難することだ。
確かに与党も、現在の菅政権も、けっして褒められた政治を行っているわけではない。だが野党は、政権の「政治」を批判するのではなく、ただ、不祥事をあげつらって叩いているだけだ。

無論、首相やその身内、あるいは閣僚が不祥事を起こすのは、言語道断であり、そういう事態に陥れば、野党に追及されるまでもなく、与党自身が、浄化を行う――。それが、政治の「あたりまえ」だった。
だが、不祥事を気にも留めず、ほぼ、やり過ごし、政権は存続し続けている。

なぜ、こんな愚行がまかり通るのか。
理由は歴然だ。自民党が選挙に負けないから、つまり、野党が選挙に勝てないからだ。

選挙制度にも問題はある。小選挙区制の場合、与党議員が一人で立候補するのに対して、野党議員は複数人立つ。その段階で、勝負はほぼ決着している。与党に反対票を投じたい有権者が過半数を超えても、それが一人の野党候補者に集まらない仕組みなのだ。

だが、野党が選挙に勝てない原因は、それだけではない。
コロナ禍でも、国会の内外でひたすら政権の悪口を言い続けるばかりで、与党の「政治」を検証し、国民に安心を届けるため、時には強権を発動してでも守るべきは何かを提示できていないからだ。

どんな組織でも、リーダーの悪口を言うだけで結果を出せない人物と、人間的に問題は多くても、安定や富をもたらす結果を出せる人物とを比べれば、どちらが支持されるのか。答えは自明だ。

アメリカの「民主党」は、マイノリティを支援する余りサイレント・マジョリティの期待に応えきれなくなった反省を元に立て直しを図り、アイデンティティ・リベラリズムと決別した。選挙に勝つために「私たちの国をよくするための発信」に取り組んでいる。それが、昨年のバイデン大統領誕生を実現できた一因だろう。

だが、日本の「民主」と名の付く野党の場合、もっと根本的な問いを自らに投げ掛けるべきなのではないだろうか。すなわち“あなたは、誰のために政治家になったのか”。

政治家の使命とは、政策を立案し、国民生活を豊かにし、安心を与えることではないのか、という問いに、しっかりと答え、行動すること――。
覚悟を決めたら、「戦犯」の大物野党政治家を、自らの手で引きずり下ろすことから始めるべきだ。

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