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巴里日記_10
〜難聴ケアで感じた日仏の差

田畑 俊行

私は片耳に重度の感音難聴があります。それが分かったのは、小学生頃。原因は不明ですが、家族の話を聞く限り後天的なもののようです。高音域を中心に広い周波数帯で高〜重度難聴という部類に入り、聞こえる方の耳を塞いでしまえば、日常生活の音や会話を判別するのはかなり困難を伴います。

しかしながら、当時通っていた大学病院の専門医の先生が言うには、こうした難聴自体はそう珍しくはないとのこと。片方が正常に聞こえているならとくに処置は必要がない、というものでした。これは渡仏前に受診した耳鼻科でも同様でした。

幸いここまで難聴は悪化することなく、もう片方も健聴なままきています。ですが、年齢とともにどうなるのかわからないという不安もあり、改めて専門家の意見を聞いてみようと昨年末に耳鼻科とAudioprothésiste(日本語で訳すのは難しいですが、聴力のリハビリや保存に関する専門家といったところでしょうか)を立て続けに受診しました。

まず、日本でも一般的に行われる聴力の精密検査を受けました。すると結果を見るなり、どちらの専門医もやや深刻な面持ちになり、「いつからどのような経緯で難聴になったのか」「なぜ今補聴器をつけていないのか」などと質問攻めにされてしまいました。

というのも、フランスでは、一般的にはこうした難聴の場合、補聴器の使用を薦めるのだそうです。高齢者の難聴は認知症の発症リスクを高め、また、発症した際には進行が早いとされています。さらに、高齢者になってからの補聴器使用は心理的・肉体的抵抗が強くなるため、すでに症状があるのならば若年者でも躊躇せずに使用すべきだと強く言われました。

そうした意見は、これまで日本で聞いたことのないものでした。フランスの医師たちは、日本でも当然同じような認識があると思っていたようで、私の説明を聞いて大変驚いていました。

とにかく、これがきっかけになり、今年38歳になる私は人生で初めて補聴器の購入を検討することになりました。ただ、結構高い買い物になるだろうという心配もしました。

フランスでは、日本と同様に国民皆保険制度があり、Sécurité Sociale(略して、セキュ)と呼ばれる基礎医療保険と、自己負担分を補ってくれる任意保険Mutuelleがあり、大抵の場合両方に加入しています。後者のカバー率は当然、掛け金や契約内容によって大きく変わります。

私の場合は、Sécurité Socialeと会社のMutuelleに加入しており、専門医によれば補聴器の費用の一部は保険で補助されるということでした。カタログに乗っていた中の最高ランクのモデル(最近の補聴器は環境に応じて設定が自動調整されるらしいのですが、この調整モード数が多ければランクが高くなるそうです)で試算してもらったところ、聴力の定期検査や調整などを含む総費用(1845ユーロ(約23万円)のうち、Sécurité Socialeからは210 ユーロが、会社のMutuelleからは1050ユーロが補填されるようでした。

ちょっと気になったので、日本ではどうなのだろうと思って調べてみました。すると、「障害者総合支援法による補装具費支給制度」で補聴器の購入費用も原則9割がカバーされるとのことでした。ただ、この制度を利用するには、指定病院で身体障害者診断書を取得し、身体障害者手帳を申請しなければなりません。

また、身体障害者福祉法の聴覚障害等級によれば、一番軽度の6級でも、「両耳とも平均聴力レベルが70dB以上、又は、一側耳の平均聴力レベルが50dB以上かつ他側耳の平均聴力レベルが90dB以上の場合」ということなので、私のケースは該当しないことがわかりました。ただし、近年では、軽度・中等度難聴者への助成や補助を行う市区町村も増えているようです。

フランスよりも日本のほうが遥かに高齢化が進んでいます。にもかかわらず、日本では認知症リスクの抑制という観点から、難聴への取り組みが講じられてきたとは感じられません。難聴への取り組み一つとっても、日仏の医療に違いがあることを実感した出来事でした。




執筆者プロフィール:
田畑俊行(たばた としゆき)
エンジニア。1983年兵庫県生まれ。京都大学工学部物理工学科を経て、東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)を取得。その後、2013年に渡仏。原子力代替エネルギー庁電子情報技術研究所の研究員(ポスドク)を経て、現在はパリ近郊の半導体技術関連のベンチャー企業にて研究開発チームを率いる。

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