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巴里日記_11
博士課程から給料支給〜フランスの人材育成制度にどう学ぶ

田畑 俊行

私は日本で博士号を取得しました。在学中は、担当指導教員である教授の運営していた大型の科学研究費(科研費)や、日本学術振興会の特別研究員制度から、研究員としての給与を頂いていました。しかしながら、運悪く自身の所属研究室にそうした科研費の余裕がなかったり、うまく結果が出せずにフェローシップ選考に落ちたりすると、日々の生活費を自分で稼ぎながら(あるいは親に借りながら)、同時に過酷な博士課程の研究活動も行わなくてはなりません。

私が大学に在籍していた当時、修士の後、博士課程まで進む日本人の学生数は減少傾向にありました。20代後半という年齢で、経済的に不安を抱えたまま、博士課程で3年という月日を費やすことはなかなか決断に勇気がいります。また、博士号を取得した後も、余程の業績を残さない限り大学では、ポスドクや特任助教など任期付きのポストが大半であるし、企業に就職するとしても専門を活かせる職がそうある訳でもありません。そうした状況に、あまりメリットを見いだせないのが実情だったと思います。

ところで、フランスに来て驚いたのは、日本とは違い、博士課程の学生には雇用契約が発生し、給料をもらえるということです。一般的には、手取りで月給がおよそ1200〜2000ユーロ(15〜25万円)というのが相場です。給料の幅は、お金の出どころで決まっています。雇用主が大学など公的機関である場合には安く、企業である場合には高くなります。

半導体分野では、産業との関わりが強いので後者のケースが多く、私がポスドク時代、グルノーブルで出会った博士課程の学生の多くは皆、そこそこ良い給料をもらっていました。また、こうしたスポンサー企業は、良い人材がいれば博士号を取得した後にそのまま採用してしまいます。私が出会った学生は、おおよそ半数がそのようにして就職していきました。

大学や公的研究機関が給料を出す場合、日本で言うところの科研費が雇用の財源になるので、それは税金から払われます。一方で、企業の場合、それは将来への投資が主眼です。学生とはいえ、人一人を雇うのは社会保障費用など含めて実際はかなりお金がかかるので、大企業ならともかく、中小企業にはあまり現実的なプランではありません。

しかし、フランスには中小企業でもリーズナブルなコストで、博士課程の学生を採用して研究開発と人材育成を行える制度(CIFRE)が存在するのです。実際、私の会社(社員数100人以内)でも、その制度を利用して、博士課程の学生と共に自社製品の開発に役立つ学術研究を行っています。

CIFRE(Conventions Industrielles de Formation par la Recherche:研究活動を通じた産業訓練に係る規約)は、1981年に施行された、公的研究機関と企業の交流を促し、博士号取得者の雇用を推進し、フランス国内におけるイノベーションの創出に貢献することを目的とする制度です。

管轄は高等教育研究省です。本制度では、人件費の約60%を国が負担します。企業は、自社製品の開発に役立つ研究テーマを提案し、大学または公的研究機関が受け入れ先となって学生の学術的教育を担います。ここで、雇用契約は企業と学生の間に締結されます。また、企業と学術機関は共同研究契約を結びます。面白いのは、募集する学生の国籍・年齢は不問であり、日本の学生が直接応募することも可能な点です(ただし、研究ビザが必要になるので、企業・研究機関の双方と交渉が必要)。

先日ある日本の研究会で、多くの研究者や企業関係者と話す機会がありました。そこで、研究者サイドは、日本のこれまで積み上げてきた学術的財産が日本国内で引き継がれず海外に消えてしまう未来を危惧し、企業サイドは自前の基礎研究の予算確保の苦しさや将来の技術開発のための人材不足の悩みを抱えているようでした。

冒頭で書いた日本人学生の博士課程離れも合わせると、三者三様に辛い状況です。そこで先程のCIFREを紹介すると、皆「それは素晴らしい」となるのですが、ではどうやったら日本でそれを実現できるのかが問題です。

日本政府は2021年度、博士課程学生に対し生活費や研究費を支援する新たな制度を設ける方針が報道されており、それが実現すれば環境は改善されつつあると言えます。しかしながら、限られた原資の中でカバーされるのは全体の2割から3割に過ぎず、博士号取得後のキャリア支援については今のところ画期的な制度がありません。こうした点を解決するために企業の積極的な参画は必須だと、私は思います。

日本が将来の技術立国を目指すのなら、最も重要になるのはその基礎となる人材だと、私は信じています。フランスのCIFREだけでなく、他国の制度も参考にしながら、これまでにない新しい視点で産学官が連携するような支援制度の設計を急がなくてはならないのではないでしょうか。





執筆者プロフィール:
田畑俊行(たばた としゆき)
エンジニア。1983年兵庫県生まれ。京都大学工学部物理工学科を経て、東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)を取得。その後、2013年に渡仏。原子力代替エネルギー庁電子情報技術研究所の研究員(ポスドク)を経て、現在はパリ近郊の半導体技術関連のベンチャー企業にて研究開発チームを率いる。

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