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発言

N.Y. 点描 no.2
〜自宅待機で募る恐怖と安心、やるべき日常〜

川出 真理

これまでの自宅待機期間中、一番怖かったのは、私にとって待機12日目となった3月28日のことだ。

この日、感染しないようにとても気をつけていた友人と、2日前に一緒に散歩した仲の良い友人が新型コロナウイルス(COVID-19)に感染した。さらに、世界中をツアーで回るミュージシャンの友人から、知り合いが5人、COVID-19で亡くなったと知らされた。 

それまでは、正確な情報をキャッチしながら、起きていることを客観的に理解し、冷静に日々自分のやるべきことをやる、ということを繰り返していたが、この日以来、自分も感染しているかもしれないという心配で集中力が持続できなくなった。

そして、そんな気持ちはすぐに体調に現れた。咳が出始め、胸のあたりが痛くなり、体がほてり、眠れないか悪い夢をみる夜が続いた。

ニュースでは、悲惨な病院の状況や、危険な状態で働く救急対応に当たる第一応答者(first responder)らの様子、増加するDV、亡くなる人の最後の声と家族を看取れない人々の声、困難な遺体の取り扱い、時間を追うごとに増え続ける感染者数と死亡者数などが次々に伝えられていた。

この日、一日にニューヨーク州で亡くなった方の数は237人(その後増え続け4月8日の死亡者数は799人に達した)。私の脳は、もうその凄惨な数字を読解することを拒否していた。外では救急車のサイレンが鳴り止まない。一番近くの大きい病院は地下鉄で4駅離れているのに、どうしてこんなに多くの救急車が前の道を走るのだろう?自宅で亡くなった方が数多くいらしたと後で知った。

自分が感染しているかどうか分からないなか、心身への負担を軽減するため、ニュースに触れる回数を減らした。最低限知っておくべき情報だけを入手すべく、ニューヨークの日本国総領事館から送られてくるメールと、ニューヨーク州政府のCOVID-19に関するアップデートだけをチェックした。

州政府の現状報告は、東日本大震災や阪神淡路大震災を思い出させるおぞましい内容だが、明確で分かりやすいという点で私を安心させる。なぜなら、透明性が高く、「隠し事」をしていないことが明らかだからだ。

細かい数字について質問があったら担当者がその場で回答し、分からないことは分からないと言う。リクエストがあったことに対しては、会見の数時間後にウェブサイトに回答を掲載するか、翌日の会見で発表する。予測を説明するときには、最低3つの組織の分析結果を示し、それをもとに取るべき策を述べる。州が今何をやっていて、次に何をするかも早めに提示する。

「隠し事」がないと言えば、ちょっと恐ろしい体験もした。4月3日の午後、スマホの警告アラートが鳴った。普段はハリケーンによる停電の可能性などを知らせる音だが、今回届いたメッセージは、「医療関係者へ ニューヨーク市では医療機関をサポートする認定医療スタッフを探しています。こちらへアクセスしてください」。医療スタッフが不足していることはもう十二分に知らされていた時に、これを受け取ることの恐ろしさを理解してもらえるだろうか。

でもこれは、なりふり構わず命を救うことに集中している市の姿と受け取れた。州も市も不足しているものとこれから必要になるものの名称と数を、恥じることなく発信していた。それに中国政府のほか、他州、企業、個人が応えたのは報道されている通りだ。

体調が悪かったせいもあったのか、不覚にも聞いて涙が出そうになったクオモ州知事の言葉がある。その言葉は、「人命は経済より大事(経済はものすごく重要だが人命に変わるものはないという意味)」「一人の命も諦めない」「COVID-19への対応に政治を関わらせない」――。

こんなにも当たり前の言葉を、この非常事態に州知事がわざわざ発さなければならない社会に、涙と怒りとため息と鼻水が一緒に出た。

幸いにも、私の体調はその後悪化していない。日々やるべきことをしている。友人の子どもへの英語レッスン、食料品の買い出し、体を動かすための散歩、そして午後7時の医療スタッフに向けた拍手――。

NY 街中
不動産屋のウィンドウに貼られた、救急隊、消防隊、警察など第一対応者への感謝の気持ちを表すポスター。

オンラインで授業をする先生たちの呼びかけで子供達が描いて絵が、バーの窓に貼られていた。

筆者が住むのは、マンハッタンから車で15分ほど離れたクイーンズ地区。マンハッタン以上に感染が拡大している。

執筆者プロフィール:
川出 真理(かわで まり)
映画・ドラマ監督。日本のコンサート業界でプロモーターとして従事した後、2007年に渡米し、ニューヨークのデジタルフィルムアカデミー卒業。監督・脚本を務めた映画『Seeing』でロサンジェルスムービーアワードのベストエクスペリエンス映画とベスト撮影賞をダブル受賞。アメリカ国内外の映画祭への正式参加多数。ドラマでは、コメディ『2ndアベニュー』に引き続き製作した最新作の社会派ドラマ『報道バズ 〜メディアの嘘を追いかけろ〜』がAmazon他で配信中。

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