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コラム

N.Y. 点描 no.10
〜ワクチン接種でも垣間見えた競争社会の強引さ〜

川出 真理

まだ少し肌寒い日もあるが、ニューヨークにも春は来ている。今年はコロナウイルスのワクチン接種が、まるで桜の開花と競うかのように進んでいる。今で16歳以上がワクチン接種できるようになっているが、初めは他の国や州と同様、年齢、職業、基礎疾患に基づきごく一部の人だけが接種の対象だった。

その頃、接種の対象になっていなさそうな知り合いから、「もう打った?私は打ったよ」と言う声が複数聞こえてきた。きっと、私が知らないだけで病気持ちなのだろうと思っていたが、そういう訳ではないことがだんだん分かってきた。

どうやら、接種の対象になるかどうかは自己申告制で、チェック機能はなし。嘘をついて接種してもらうのが可能な状態らしい。病院の知り合いから声をかけてもらって接種した人もいれば、医療やコロナウイルス報道に関わっていると偽る人、病気じゃないのに病気だと申告する人を見聞きした。「いつかは対象になるんだから、今対象かどうかは気にする必要なし」と、断言している人までいた。親切で社会的信用度の高いと思っていた人たちだったから、私はちょっとショックだった。

結局のところ、ワクチン接種は猛スピードで大々的に展開されているので、こういう嘘は忘れられていったし、数ヶ月早く接種した人に大きなメリットがあったようには感じられなかった。システムの穴を突いただけとも言えるし、システムを作った方もこういうことは予想した上で、スピード展開する方を重視したのだろう。

なので、大したことじゃないようにも感じるが、自分の中ではざわざわした。なぜかと言うと、私が見聞きした限りでは社会的階級が上の人ばかりで、「あの人は機転が効くから」「賢いよね」「ニューヨーカーだね」と周りから賞賛されている人がそういった行動をしていたからだ。

ビジネスで成功している人、所得が高い人、それぞれの業界で著名な人などが、嘘までついて自分たちを優先させていては、コロナ禍で露わになった社会的不平等はいつまで経っても良い方向に向かわない。でも、こういうことはほぼ無意識のうちに行われているんじゃないだろうか。競争社会で生きていく中で体に染み付いた”強引さ”が、不必要な場面でも顔を出してしまっているのでは?

それとも、ワクチン接種の順番においてまで、社会における自分のパワーを見せつけなければならないというプレッシャーに駆られているのだろうか。もしそうだったら、このプレッシャーはもういらない時代になりつつあるように思う。お金やコネを使って早々にワクチンを接種しそうに見える人が、そうでない人と一緒に接種の列に並んでいたら、「あの人も落ちぶれたな」と思われるのではなく、正しいことをしている人として好感を持たれるのではないだろうか? 正しいことをしているだけで好感を持たれるというのは、それでもまだ先が長いことを示してはいるが。

そういう私も、もし病院に勤める友達から「ワクチン早めに確保してあげるよ」と言われたら、申し出を受けないとは言い切れないし、”生きていく中で体に染み付いた”ものを手放せていない点では、私も同罪だ。嘘をついてでも早くワクチン接種をした方がいいというアドバイスを聞かなかった私に、彼らは、「日本人はよくわからないな」という顔を向けた。意見の不一致を国籍にせいにするのは間違っているが、これには私が普段から積極的に意見を言う方ではないことが反映されている。ニューノーマルに向けて、ワクチンを接種してもらうだけでなく、自分自身もアップデートしなければ。






執筆者プロフィール:
川出 真理(かわで まり)
映画・ドラマ監督。日本のコンサート業界でプロモーターとして従事した後、2007年に渡米し、ニューヨークのデジタルフィルムアカデミー卒業。監督・脚本を務めた映画『Seeing』でロサンジェルスムービーアワードのベストエクスペリエンス映画とベスト撮影賞をダブル受賞。アメリカ国内外の映画祭への正式参加多数。ドラマでは、コメディ『2ndアベニュー』に引き続き製作した最新作の社会派ドラマ『報道バズ』がAmazon他で配信中。

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