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巴里日記_3
“戦時下”に突入したフランス、一夜にして「自由」より「規律」を重んじる社会へ

田畑 俊行

「Nous sommes en guerre(これは戦争である)」

フランスのマクロン大統領は、この言葉を演説の中で何度も繰り返しました。日々増加する感染者および死者数を見て、フランス政府はついに外出制限令を敷くことを決定しました。3月19日の時点で、感染者数は1万995人(うち372人死亡)に上ります。外出制限の期間は3月17日正午から少なくとも15日間、本稿執筆の20日時点で、大統領周辺の専門家たちは6週間までの延長の可能性を示唆しています。

街角には国家憲兵隊(Gendarmerie Nationale)や警察が配置され、出歩いている人々や走っている車の運転手に声を掛け、特例外出証明書(外出理由を示し自筆で署名したもので、外出目的ごとに毎日1枚用意しなくてはならない)の提示を求めています。違反すれば、罰金を科されます。これは他のヨーロッパ諸国を踏襲する、新型コロナウイルス感染防止策であり、フランス社会がそれを行うことは当然のように思われるかもしれません。

ところが、先週12日、マクロン大統領がテレビ演説で外出の自粛を求めた段階では、その翌日にまだ多くの人が街中を出歩いており、報道カメラの前で自分たちの「自由」を公然と主張していました。そうした状況に憤慨したフィリップ首相が14日にレストランなどの閉鎖を決定し、16日に再び大統領がテレビ演説し、今回の外出制限のルールを明確化したという経緯があります。

こうした流れを見ると、フランス社会は当初コロナウイルスの感染拡大をまだどこか他人事として捉えていて、それよりも自分たちの権利や自由に重きを置いていたことがわかります。皮肉に聞こえるかもしれませんが、さすがは市民革命の国とでもいいましょうか。

外出制限が敷かれた後のフランス社会の反応も興味深いものがありました。

まず、これまでマスク着用はコロナウイルス感染者のシンボルとされてきましたが、感染していない場合でも自主的にマスクやビニール手袋を着用する人が出てきました(とはいえ、医療関係者への供給を最優先にするために、マスクの一般販売は現時点で禁止されています)。

また、テレビでは前週末に地方選挙を強行した大統領の失政を糾弾するコメントが多くなり、中国の扱いも、当初のウイルスの元凶という批判的なものから、むしろウイルス封じ込めに成功した模範例というポジティブなものに変わってきました。

週末を挟んで、表面的にはまったく別の社会に変わってしまったかのようです。

では、人々の生活はどう変わったのでしょうか。今回のウイルス封じ込めの一環として、保育所、託児所、学校施設などは医療従事者の子供への対応を除いてすべて閉鎖されています。つまり、親たちは子供を一日中家に置いておかなくてはなりません。

一方で、テレワークによる仕事は継続していますから、共働きの家庭では、子供の面倒を見るための人手が必要になります。私の知人の中には、子供を連れて家族ごと祖父母のいる田舎へ疎開したり、逆に外出制限直前に祖父母を呼び寄せたりしているケースがいくつかありました。

こうした行動を理解できなくはないですが、そもそも外出制限の目的は人々(特に高齢者)の接触を制限することですから、あまり褒められたものではないでしょう。

経済的に難しい選択となる場合もありますが、片方の親が休職するという方法もあります。条件によりますが、いくつか臨時措置として講じられているものがあります。例えば、休職(arrêt de travail)の申請が通れば給料の90%程度が保証されます。あるいは、部分失業制度(Chômage Partiel)を利用すれば、保証される給料は70%程度かそれ以下(ただし、低所得者に対しては100%)に下がりますが、こちらも所得をある程度維持した状態での休職が可能です。どちらの場合も、国が財源を保証します。

スーパーマーケットでは今のところ大した混乱はありませんが、トイレットペーパーや小麦粉、パスタなどいくつかの商品は買い占めの対象になっており、店の棚から姿を消していました。ネットスーパーなども注文が殺到しており、営業を一時的に停止しているか、配達が可能な場合でも予約が取れるのはほぼ1週間先です。健康のための運動は許可されていますが、自宅から2キロ以内、30分以内という制限があります。

今のところ人々は、政府に要求された「規律」を守って外出制限の期間を耐えています。前例がないなか、外出制限開始から数日で救済制度を施行するなど、政府も比較的迅速に対応しているよう思われます。

しかしながら、外出制限期間が2週間を越えて長期化した場合、人々が現在の「規律」を同じように守っていけるのかどうか、私個人としては半信半疑というのが正直なところです。なにしろ、前述の通り一夜にして手のひらを返せる社会ですから、それが今後悪い方向に働かないことを祈るばかりです。



執筆者プロフィール:
田畑 俊行(たばた としゆき)
エンジニア。1983年兵庫県生まれ。京都大学工学部物理工学科を経て、東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)を取得。その後、2013年に渡仏。原子力代替エネルギー庁電子情報技術研究所の研究員(ポスドク)を経て、現在はパリ近郊の半導体技術関連のベンチャー企業にて研究開発チームを率いる。

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