今月7月、フランスのフィリップ首相率いる内閣が総辞職し、カステックス氏が新首相に就きました。この首相交代について国民は、コロナ禍に対するひとまずの区切りとして捉えているように感じます。
実際、6月中旬〜下旬にかけて、学校の再開が本格的になってきたあたりから、人々の間には「もう大丈夫」という空気が流れ始めていました。公共交通機関でのマスク着用義務と違反した場合の罰金は継続されていますが、マスクをせずに乗り込んでくる人もちらほら見かけられ、かといって、それを積極的に取り締まるわけでもありません。
また、先日友人たちと連れ立ってパリの公園でピクニックをした際には、ほとんどの人がマスクを着けておらず、ソーシャルディスタンスの確保も十分になされていなかったように感じました。人々は、コロナによってもたらされた日常的なリスク管理を、本心ではもう不要なものと感じているのだと思います。
私はといえば、いまだに帰宅した際には着用していた衣類を玄関から先に持ち込まず、手洗いうがいを徹底したり、アルコールジェルを常に持ち歩きまめに手を消毒するなどしていて(友人はよく「日本人らしい」と揶揄しますが)、フランス社会の一般的な感覚とのズレを感じなくもありません。
そんな折、首相交代を機に発せられたCOVID-19スクリーニング検査の強化の流れで、先日私のところにも下記のようなメールが届きました。
街中で医療検査サービスを提供しているラボ(フランスでは日常的に使われている)でこのメールを見せれば、COVID-19専用のPCR検査と抗体検査を無料で受けられます。この夏日本への帰国を検討していたこともあり、私は先んじて抗体検査を受けていたのですが、メールの受信直後に早速申し込みをしました。
私の場合、PCR検査だけなのか、それとも両方の検査を受けることになるのかは不明ですが、税金の無駄遣いをしたくないので先の抗体検査の結果を持参するつもりです。
海外渡航に関しては、最近日本を含むいくつかの低リスク国からの観光客などを受け入れる流れになりました。フランスはこうした入国者に対し自主隔離も要請せず、往復している航空便の本数以外はCOVID-19以前に戻ったと言えます。
これはヨーロッパ全域でほぼ同様なのですが、ドイツのように相互主義を採っている国もいくつかあります。ちなみに日本はヨーロッパからの非日本国籍者の入国を原則禁じていることもあり、ドイツでは日本からの観光客を受け入れていません。
一方、日本への帰国の際には、現時点で入国可能な日本国籍者にも到着時のPCR検査と14日間の自主隔離(公共交通機関を利用しない場合は自宅待機が可能)が義務となっています。
日本にいる家族と電話で帰国の相談をしていると、あからさまに帰ってくるなとは言いませんが、近隣住民の目や、万が一感染が発覚した場合に予想される世間の反応を気にしているように感じます。こればかりは、いくら検査で陰性であったとしても、心理的な問題なのでどうしようもありません。
戦争から遠い国で育った私にとって、例えば永住を考えるという文脈の中でさえ、国家間の事情で家族に会えなくなる、その関係が変わってしまうということはあまりイメージできないものでした。しかし今回の経験によって、疫病もまた戦争と同様に人々の関係を変えてしまう可能性があるものなのだと、思い知ることになりました。
心の内だけでなく、私のライフスタイルも大きく変化しました。
すでに外出制限が解除されて2カ月が経ちますが、仕事の性質上、以前から電話会議などが中心だったこともあり、今でも基本的には在宅勤務を継続しています。周囲を見渡しても、コロナ禍によって完全に働き方のパラダイムシフトが起こったようです。つまり、オフィスに縛られず、より自由に働き方を選べるようになったといっていいでしょう。
私も週に1回程度は用事があってオフィスに行きますが(特に毎週金曜日の朝に社員が交代で振る舞うクロワッサンを狙って)、久しぶりに同僚の顔を見て話すと、以前よりも立ち話の話題が膨らむように感じます。
一番大きな変化といえば、本業の研究開発が趣味同然だった私が自宅でガーデニングを始めたことでしょうか。ロックダウン中にネットショッピングで鉢や土などの栽培キットを揃え、その頃植えたトマトの種が今、いよいよ花を咲かせ始めています。在宅勤務のおかげで、ちょっと難しい考え事をする間にも、仕事とは関係のない手作業をすることで、よい気分転換になっています。
新たな日常にどんどん順応していく自分がいるようです。
執筆者プロフィール:
田畑 俊行(たばた としゆき)
エンジニア。1983年兵庫県生まれ。京都大学工学部物理工学科を経て、東京大学大学院工学系研究科にて博士号(工学)を取得。その後、2013年に渡仏。原子力代替エネルギー庁電子情報技術研究所の研究員(ポスドク)を経て、現在はパリ近郊の半導体技術関連のベンチャー企業にて研究開発チームを率いる。