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対談

公衆衛生の観点から、新型コロナ禍の今、記憶し、記録すべきこととは
高橋謙造×真山仁 対談04

真山 仁

ITによる個人情報の管理はどこまで許容されるか

真山 中国やシンガポールは、個人データを管理して感染経路を把握したり、体温の記録などもとったりしているようです。
人間の能力を遙かに超えたITが発達して、人命や安全を守る方法が増えてきた一方で、人権を無視した国家による監視社会も実現しやすくなった。ちょうどいま端境期にあると思う。日本でも、もっと個人情報を管理すべきではないかという声が、必ず出てくると思いますが、どう思われますか?

高橋 ある面では、電子化についてはもっと進めて良いと思っている。
いざ大災害が起こって電気が使えなくなったときにどうするのかという問題はあるので、その備えまで含める必要はありますが。

真山 かつて〈監視社会〉はネガティブな見られ方をしてきました。ただ、最近の東京のように、町中に監視カメラが置かれていることを〈安全の証〉と肯定的に捉える人も増えています。

結局これは、善意の人が情報を使うことが前提になっているから意味があるのですが、もし悪い人が使うと、個人のプライバシーを暴いたり、行動の自由が無くなったりするかもしれないという恐れも孕んでいます。なので、日本でシンガポールや中国と同様に進めるのは難しいと思います。
でも医療側からすると、本当はそうやってスマート化する方がいいのですか?

高橋 絶対にいいと思いますね。例えば予防接種ひとつをとっても、電子化するのは意味があります。現在日本での予防接種についても、明確な接種率についてのデータはない状況ですから。

真山 確かに、私も小説で書きましたが、小さい子どもは自分が何の予防接種を打ったかはわからないし、急患で子どもを連れて来た父親が母子手帳を忘れ、予防接種のことに無知だったため大変な事態を起こす可能性もある。確かに、接種情報がデータベース化できれば、それはいいことですね。

高橋 余り知られていませんが、母子手帳の発祥は日本で、1948年に初めて作られました。今では世界30カ国以上に広がっていますが、すべて日本のモデルを元にされています。

オランダでは、日本の真似をして導入しあとに、電子化しました。すると、子どもの発達チェックで大切な成長曲線も、例えばダウン症の子に沿った曲線に置き換えることが簡単にできるなどのメリットがある。
発祥地である日本では、まだ電子化されていませんが。

真山 ある意味では、「公衆衛生は安全保障である」というまさにど真ん中の話です。自分の命=国民の健康を担保して守るという意味では、国がデータを管理して何がいけないのか、とも言えますね。

もし瀕死の状態で倒れていた人がいても、その人がどこの誰かわかった瞬間に、既往症やアレルギーなどが把握できれば、救えない命が救える可能性が高くなる。それはプライバシーの侵害だという意見があったとしても、命を救うという安全保障という意味では、議論はすべきですね。

PCR検査の結果も電子化して国が管理すればよいという面もあるのかもしれません。ですが、私はどちらかと言うと、すべて国が管理するのは、基本的人権的な観点から大丈夫かな、という気はします。専門家は皆、中国だからできるんだと言うじゃないですか。その一方で、国が管理してくれたらうちの子どもが救えたのに、という議論が出てくるということですよね。

高橋 中国には2回ほど、専門家として派遣されましたが、辺鄙な田舎の診療所でも子どもの予防接種を打つと、すべてバーコードを使って入力し、オンラインで中央につながっていて驚きました。その点では中国のほうが進んでいます。

真山 健康情報を電子化した場合、我々の世代だと、検査の数値が悪いと保険料が上げられたりしないかとか、国の都合のいいように使われないか気になります。でも、確かに子どもに関しては、メリットが大きいですね。それでも日本で進めるには、相当の覚悟が必要な気がしますが。

高橋 とはいえ、すでに個人情報に抵触しない範囲の医療情報は販売されています。私も最近知って驚いたのですが、レセプトという医療の請求情報などを売買する仲介の会社があって、製薬会社などは巨大なデータベースを買っていますよ。

真山 知らないうちに医療情報のスマート化は進んでいるのですね。

日本版CDCのあるべき姿

真山 アメリカのCDC(疾病管理予防センター)のようなものを、小池百合子都知事は自分たちで作ると言っていますが、国の干渉を受けず、専門家が専門の知見と知識をもって政策を判断し、そこにちゃんと報酬が出せる組織が、確かに必要だと感じます。それがないと、今回と同じことが繰り返されると思います。日本では何故できないのでしょうか?

高橋 起きるかわからないことに準備をするのは無駄だという思想があるのでしょうね。CDC構想に関して言うと、厚労省の省外に権限の一部を持って行かれるのが許せないのもあるのでは。

真山 映画『コンテイジョン』で得た知識しかないですが、CDCは連邦政府とは別の組織で、完全に独立しているようですね。人の出し方や規制も徹底しているし、裏付けもある。あれくらいのことをできる組織でないと、わざわざ作っても役に立たないですよね。

高橋 そうです。だから今、自民党のワーキンググループなどでディスカッションしているそうですが、独法化など、結局お金で縛ってしまうと、現在の状況と同じことになってしまいます。恐らく天下りも出てくるだろうし、綱引きも起きる。

真山 財源はほかで用意して、たとえば製薬会社に売上の1%を払わせるようなルールを作って基金にして、政府と連携はしても、最終的には検事総長級の権限を持つような組織でなければダメなんでしょうね。

高橋 財源については、世界的に見ればいくらでも良い例はあります。例えばビル&メリンダ・ゲイツ財団は圧倒的な資金力を持ち、それまで途上国の子どもの健康はWHOとユニセフが牛耳っていましたが、その価値観や権力構造ごとひっくり返した。それだけの可能性が民間にはあるので、同じような形で作れないかと考えています。いずれにしても、日本でもCDC的なものは必要だと思います。

今のように、中央に厚労省や国立感染症研究所があって、末端へいくと保健所があるという権力構造は不健全です。結局、PCR検査にしても、保健所ですべて意思決定が止まってしまっている。
末端では、現場の人間が意思決定に関わる必要があり、地域に根ざした病院なども取り込んでいくなど、ネットワークを広げていった方がいい。

真山 ということは、本当は医師会も巻き込まなければいけないのでしょうが、医師会も急に手伝えと言われても困るでしょうから、事前のルール作りが必要ですね。事前に民間のCDCの一員としての責任を持ってほしいと言っておけば、何かあったときには「よし、俺たちもやるぞ」という反応になるのでは。今のように、この期に及んで、医療崩壊したからあなたたちも手伝って、というのでは「何を今さら」となる。

高橋 圧倒的なスピード感でラフスケッチを中央で書いて走り出し、そこでトラブルが起こってくれば、何が上手くいっていないのかを聞いて、その度にごめんなさいと謝りながら修正していくのがいいのではないか、というようなイメージを持っています。

真山 初めから完成形にはならないという前提で、まず走って色々な事例を体験する、その経験によって必要な修正を加え、例えば10年くらいかけて、あるべき日本のCDCが民間に出来れば良いと言うことですね。

高橋 グローバルな観点で見れば、新型ウイルスはどこから飛んでくるかわからない。国内だけではなく、南米やアフリカを経由して来てしまう可能性もある。逆に、日本から麻疹(はしか)ウイルスを海外に持ち込んでしまう事例も実際にある。こういった状況が起こるのが当然であり、しかも伝播時間がものすごく早いので、境界線は無いに等しいのです。

だから東京都にCDCをつくるというのは本末転倒なのです。
東京がやろうとすると、「境界線はどこに設けるのか」という話になる。それは、本来の目的と逆のことです。自分たちの結界を作って守るという姿勢ではダメなのです。

真山 インターネット級の速度で感染症は世界へ広がるという自覚が必要ですね。どれだけ情報を共有できるかが、重要となる。一層のスピード感とグローバルな目を持って、これからの感染症対策、公衆衛生については議論を進めていかなくてはならないと感じました。ありがとうございました。
(了)




高橋 謙造(たかはし けんぞう)
帝京大学大学院 公衆衛生学研究科教授
東京大学医学部医学科卒、小児科医、国際保健学修士、医学博士。専門分野は、国際地域保健学、母子保健学、感染症学。

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