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コラム

「世界」を読む no.8
独裁国家ベラルーシを舞台にした「ディストピア小説」〜『理不尽ゲーム』より

加賀山 卓朗

「ディストピア小説」というジャンルがある。ユートピア(理想郷)の対極で、文明崩壊、全体主義、人権蹂躙、相互監視などで荒廃した世界の話だ。代表的な作品は、ジョージ・オーウェル『一九八四年』や、マーガレット・アトウッド『侍女の物語』、オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』など。アメリカのトランプ政権誕生で改めて注目され、『一九八四年』が大ベストセラーになったことは記憶に新しい。

さて、今回取り上げるサーシャ・フィリペンコのデビュー作『理不尽ゲーム』(奈倉有里訳、集英社)は「ディストピア小説」と呼べるのかどうか。というのも、舞台は近未来でも架空の社会でもなく、現在のベラルーシ共和国だからだ。ベラルーシは旧ソ連からの独立国で、ルカシェンコ大統領の独裁政治が30年近く続いている。国内メディアは統制され、民衆デモは鎮圧され、2008年のテロ事件後には、男性の全国民の指紋が採取されたという。つい先日も、国際線の旅客機が首都に緊急着陸させられ、乗っていた反体制派のジャーナリストが当局に拘束されたというニュースが流れた。

『理不尽ゲーム』の主人公のフランツィスク少年(愛称ツィスク)は、祖母とふたりで暮らしていたが、ある日、群衆事故に巻きこまれて昏睡状態となる。もう目覚めることはないとみながあきらめるなか、祖母だけが回復を信じて介護しつづけ、10年後にとうとう奇跡が起きる。目覚めたツィスクが、10年たっても国が変わっていなかったことに気づく場面は、強烈な社会風刺だ。ひとりの医師が言う。「ここは昏睡状態から目覚める人にとって最良の国である。いつまでたってもなにも変わらないからだ。眠ったままで何年もの歳月が過ぎても大丈夫。1ヶ月でも数年でも永遠でも……」

ツィスクの友人のこんなことばも印象的だ。「どっちにしろ選挙までは誰も捕まんないよ。ここはほんとうに民主主義国家なんだって錯覚させる必要があるからな。だけどいちばん怖いのは選挙のあと——奴がまた当選してからだ。そしたらまたはじまる……」

本書は2012年に執筆され、2014年にモスクワで単行本が出ると話題になって、著名な文学賞も受賞した。暗くつらいディストピア的な世界を描きながらも、不思議と読後感は悪くない。長年へこたれずにツィスクに寄り添った祖母や友人たちがじつに生き生きと描かれているからだろうか。一抹の希望を抱かせる結末のせいかもしれない。いずれにせよ、稀有な才能の本邦初紹介を喜びたい。




【執筆者プロフィール】
加賀山卓朗(かがやま・たくろう)
1962年生まれ。翻訳家。おもな訳書に、『スパイはいまも謀略の地に』(ジョン・ル・カレ)、『ヒューマン・ファクター』(グレアム・グリーン)、『夜に生きる』(デニス・ルヘイン)、『大いなる遺産』(チャールズ・ディケンズ)、『チャヴ』『エスタブリッシュメント』(オーウェン・ジョーンズ/依田卓巳名義)などがある。

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