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発言

『正しさを疑え!』第18回
それでも、五輪の幕が開く

真山 仁

2021年7月23日、私は、この日を一生忘れないだろう。
2度目の東京オリンピックが開催された日としてではなく、日本という国が、国民の命を蔑ろにして、開催意義すら不明の国際的イベントを行うのを止められなかった日として。

一体誰のための五輪なのか――。

コロナ禍にも関わらず開催を決行した、菅義偉という内閣総理大臣のためか。だが、彼の言動を聞いていると、そこまでの情熱を感じない。「五輪を開催したい!」と訴えたこともなく、ただ義務感のために、既定の案件をこなそうとしているとしか見えないのだ。
強い思いも情熱もない五輪に、なぜ、ここまでこだわるのか。「世界の期待に背いて五輪を中止した日本の総理」として歴史に名を残したくなく、「辞める」という言葉を発するのが怖かっただけなのだろう、と思っていた。

そうしたら今月21日、アメリカのウォールストリート・ジャーナルのインタビューに答えて、「やめることは一番簡単なこと、楽なことだ」とした上で、「挑戦するのが政府の役割だ」と語ったらしい。
よくも、こんな酷いウソがつけたものだ。いや、これがホンネだというのであれば、開催する意義とやめない理由を、しっかりと国民が理解し、納得できる言葉で、なぜ説明しないのか。

何のための五輪なのか――。

菅総理は、二言目には、「コロナを克服したことの証としての五輪開催」と口にするが、そもそも東京五輪が決定した時、新型コロナウイルスなんて、この世に存在していなかった。
当時は「復興五輪」と銘打っていたが、今や、そんな配慮は、皆無と言える。では、世界中の人たちに日本人の「おもてなし精神」を提供したいという国民の思いがあるからか。そんなことを考えている国民が、大勢いるようには見えない。

多くの国民は、「菅総理は、何もしないという最も楽な政治をだらだらと続けているだけだ」と感じている。そんな批判と向き合うこともせず、よくもあんな恥ずかしい発言をしたものだ。


政治とは、言葉によって始まる。政治家は、自らが発する言葉によって国民との間に誓約を結び、常に言葉を尽くして、政策や政治的決定を国民に説明する義務がある。

だが、菅総理の言葉は迷走し続けており、口にするのは、「日本は新型コロナウイルスを克服したから」というような、五輪の精神の片鱗もない状況説明だけだ。
主要先進国の中で、ワクチン接種が最も遅れているというのに、どこに「日本は新型コロナウイルスを克服した」事実があるのだろうか。

また、「挑戦するのが政府の役割だ」と本当に発言したのであれば、それが国民の命を軽んじている言葉だという自覚があるのだろうか。
政府にとって、国民の命の安全と国益の確保が最大の使命だ。何かに挑戦するなどというリスクを冒すことが、「役割」であるはずがない。

21世紀に入って、日本の政治は堕落の一途を辿ってきた。
未来に明るい展望を示すことも、国民の信頼に応えることもなく、ただ、表面的な取り繕いに終始してきた。その結果、ちょっとやそっとの無責任な政策に対しては、誰も怒らなくなってしまった。
悲しいことだが、「ダメな政治に馴らされてしまった」のだ。

だが、さすがに国民の命が脅かされる可能性がある蛮行を「挑戦するのが政府の役割だ」からと、自己弁護した総理はいなかった。


もう一つ、しっかりと心に刻んでおかねばならないのは、メディアをはじめとする言論陣に、五輪開催を中止させる力がなかったことだ。
皆、アリバイのように批判はした。中には、五輪中止を訴えた社説や番組を発信した社もあった。だが、真剣さが足りなかった。
メディアが、五輪のスポンサーだったことの問題についても、もっと深刻に考えるべきだった。

その中には、私自身も含まれている。
春先から、まさか五輪を本気でやらないよな、という楽観があった。
そして、ゴールデンウィークに入った頃から、開催が現実味を帯び、どうすれば止められるかを必死で考えた。
メディアから取材を受ければ、言葉を飾らず「五輪は、中止すべき」と訴えはした。だが、もっとやれたことはないだろうかとずっと自問自答したまま、この日を迎えてしまった。
己の無力さ、臆病さを痛感した。

無論、一作家ごときに何がやれるんだ、という批判はあろう。だが、「世の中は、一人が発言し行動することからしか変えられない」と訴え続けてきた当人としては、無力であり、無責任だったことを自戒しなければならない。
だからこそ、この日を忘れるわけにはいかない。

2021年7月23日――。後世、日本という国が崩壊し、破滅の一途を辿り始めた日として記憶されないように、この日から、政府のあり方、言論陣のあり方を考えるきっかけとなった日にするべく、自分に何が出来るかを考え始めたいと思う。 

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