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『正しさを疑え!』第23回
それをアメリカのバランス感覚と言っていいのか

真山 仁

このところ、アメリカでは「9.11」についての検証映画やドラマの秀作が、次々と発表されている。アルカイダによる「同時多発テロ」と称される事件は、発生直後から何度も映像化されてきた。だが、近年の作品は、それまでとはガラリと様相が変わっている。
端的に言えば、アラブ人を無理矢理犯人に仕立てようとした「アメリカの理不尽かつ非人道的な犯罪」を暴くスタンスだ。

出色だったのは、昨秋日本で上映され、現在はアマゾンプライムでも視聴できる『モーリタニアン 黒塗りの記録』だ。モーリタニアンとは、アフリカのモーリタニアという国の人物という意味だ。
主人公のモーリタニア人は、アルカイダの軍事訓練を受けた経験がある。だが、ドイツ留学後には過激派から距離を置き、真面目に暮らしていた。それが突然、現地警察に連行されアメリカ政府によって逮捕される。そして、拷問をはじめとする人権侵害のオンパレードをアラブ系過激派容疑者に行った悪名高きグアンタナモ湾収容キャンプに、問答無用で拘禁されてしまう。ニューヨーク貿易センタービルなどに旅客機を突っ込ませた実行犯を集め、犯行に及ばせた責任者であるという容疑だ。

ここからがアメリカ的なのだが、優秀な人権弁護士(ジョディ・フォスター)が彼の支援を始める。一方、海兵隊所属の検事(ベネディクト・カンバーバッチ)が、上層部から「必ず、彼を有罪にしろ」と命じられて法廷に挑む。
問題となるのが、このモーリタニアンがCIA職員らに取り調べられた時の調書だ。弁護側に提供される調書の大半は、「黒塗り」で、証拠としてまったく使い物にならない。
この状況を、対立するはずの弁護士と検事が打破しようとし、さらにはモーリタニアンの努力によって、徐々に「真相」が明らかになる。

映画は、モーリタニアンが描いた手記をベースに英米合作で製作された。とてもドラマチックで、かつ揺るぎない正義が輝いている(無論、それに負けないぐらいの不条理の闇が全編を覆っているのだが)。名優たちの熱演もあり、作品は超一級の映画作品になった。

感心すると同時に、「日本でこれだけの正義感を持った映画が作られたのはいつが最後だろうか」と気持ちが暗くなった。
黒澤明や山本薩夫のような勇気ある監督が活躍した頃は、日本の不条理にもしっかりと光が当てられていた。だが、今の日本映画界(小説界もだが)に、そんな気概は見られない。小説界の片隅に身を置く私自身も、重く責任を感じる。
それはさておき、この映画を観ていて改めて、アメリカ独特の正義に対するバランス感覚について考えさせられた。

多民族国家であるアメリカは、多様性を内包した国だ。だからだろうか、時に英雄と持て囃された人物にすら、その後検証が行われ、真逆の批判を、エンターテインメントで行う。
しかもそういう作品は、映画スターが多数出演し、興行的にも成功を収める場合が多い。ベトナム戦争、「赤狩り」をはじめとするアメリカの反共活動、スリーマイル島原発事故など挙げればきりがない。近年では「イラクには核兵器の秘密基地がある」という、イラク戦争の原因と言われたCIAの情報は、虚報だったことも暴かれた。
『モーリタニアン』も明らかにその延長線上にある。
自国政府が行ったこと、アメリカ国民が大歓迎したことに対しても、批判の眼を忘れない。さらに、エンターテインメントで多くの人に訴求しようとする姿勢と情熱には、いつも頭が下がる。

その一方で、アメリカという国は、今なお「我々こそが世界の正義の中心だ」という思い上がりから抜け出せず、自国の行為発言は全て「正しい」と訴える。
そもそもあの国が犯した多くの犯罪を踏まえると、一体、どの口が今のロシアのウクライナへの武力行使を「非人道的!」と非難できるのだろうか。
いや、大丈夫! 時が経てば、今のバイデン大統領をはじめとするアメリカ政府の過ちも、いずれちゃんと、エンターテインメント作品で糾弾してくれるはず……。
その姿勢は尊い。だがそれでも、他国に厳しく自己中心的なあの国の態度について、我々はリアルタイムで批判の眼を向けるべきだと私は考える。

なお、『モーリタニアン』で興味を持たれた方は、『ザ・レポート』という映画もお奨めだ。同じテーマを別角度から描いている。ピュリツァー賞を受賞したローレンス・ライトの『倒壊する巨塔〜アルカイダと「9.11」への道』を映像化した同名ドラマも秀逸だ。



●『モーリタニアン』
https://kuronuri-movie.com/

●『ザ・レポート』
https://youtu.be/4JOfE20hVAQ

●『倒壊する巨塔〜アルカイダと「9.11」への道』
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B08L9PK992/ref=atv_dp_share_cu_r

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