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コラム

横溝正史三昧〜ヨコセイざんまい06
『夜光怪人』ほか

伊藤 詩穂子

草むしりが趣味である。ドクダミやスギナ、ススキなど蜒々根をはびこらす大敵を主な対象としており、趣味の名に恥じぬ非効率の極み。帰省は趣味の実践と同義で、広くもない庭は掘り返されてデコボコなのだった。

無人の実家でヨコセイのジュブナイルを読もう、が今夏のテーマ。こういう目論見は得てして外れるものの、気象条件で晴耕より雨読に偏ったため、手許の角川文庫と『横溝正史探偵小説選V』(論創社)を読み切った。内容を大雑把にくくると……

気をつけろ博士小男やぶにらみ義足の男しょうきひげ
お屋敷で確認しよう大時計抜け穴気球エレベーター
得意ですサーカス宝石オルゴール双子変装蠟とピストル


一つ目は危険人物の特徴、二つ目は悪用されがちな仕掛け、三つ目は頻出要素で、総じて横溝ジュブナイルのお約束といったところ。

強調しておくが、一作一作ちゃんと面白い。これ! と推すのは難しいが、連載時に読んだらどんなにわくわくしたろう、次がどんなに楽しみだったろう、と想像する。大の大人が日に複数冊読むことなんぞ前提にされていないだけだ。現代の新聞連載小説だって、続きを読みたくなるように書いてあるわけで。

思うに、発表媒体に寄り添って少年少女を配しているものの、ヨコセイのジュブナイルは大人の視線で貫かれている。そこが江戸川乱歩の少年探偵団と異なるのではないか。

例えば探偵小僧こと御子柴進。確かに少年であり、せいぜい中学校を出て二年くらいまでの設定だが、進は花形記者の三津木俊助に憧れて新日報社に入った「給仕」で、立派な社会人。ある人物の子女だの甥姪だの関係者としての年少者は登場しても、進は同世代とはほぼ群れず常に成人の向こうを張る。さながら「小さな大人」であって、三津木や等々力警部とはツーカーの仲、時にピストルまで扱う。子供ならではの着想や行動原理に重きは置かれていない。

ひょっとするとジュブナイルはパラレルワールドなのかもしれない。最たる例は金田一耕助で、もじゃもじゃ頭の袴姿は共通でも、思考より行動の人という感じだ。自転車を駆り、率先して秘密の地下通路を進み、大道易者に身をやつす。固有名詞の使い回しが顕著なヨコセイである、主要登場人物だからといって油断は禁物。あちらの金田一とこちらの金田一が同一人物という保証はないのだ。

横溝正史『夜光怪人』(角川文庫)

『夜光怪人』に次のくだりがある。「龍神島のとなりにある、獄門島というのへたちよって、そこの網元の鬼頭さんというのにたのめばよいのです」

獄門島! ルビは往々にして当てにならない(ことを編集者になって知った)が、「ごくもんじま」と振ってあるのがミソかしら――と深読みしてしまう。

「ああ、あなたが金田一先生ですか。わたしが清水巡査です。じつはさっき、笠岡の本署から電話がかかってまいりまして、これからこういうかたがいくから、失礼のないようにとのことでしたので、お迎えにまいりました」だなんて、水臭いじゃありませんか清水さん。

ちなみに『南海の太陽児』の龍神館と『迷宮の扉』の竜神館は所在地が同じ。名前や設定が気に入ったら再登板も辞さず、「わかった、わかった」「それはしばらくおあずかりとしておいて」「……は、あまりくだくだしくなるからはぶくが」等の言い回しで場面転換や進行を円滑に。これぞ極意なり。

一再ならず気を失うほどクロロホルムを吸わされる御子柴進の体調が案じられる。肝臓や腎臓への障害、発癌性も指摘されて医療現場での使用が禁じられて久しい薬品なのだ。無事に長じて念願の記者になった進の勇姿、花も実もある紳士的な怪盗X・Y・Zの更なる事件簿、「探偵小説だってときには役に立つこともありますでしょう」と名言を吐く瓜生朱実(「バラの怪盗」)の行く末など、読んでみたかったなあ。

さてもさても、思い出深い一夏の読書体験になった。草むしりの部は不完全燃焼で、道端や庭先の雑草を見かけては抜きたい衝動に駆られているけれども。




執筆者プロフィール:
伊藤詩穂子
編集者、校正者
京都府生まれ。豊中で阪神淡路大震災、東京で東日本大震災に遭遇。現在、癌サバイバーを目指して働き方改革実践中。

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