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発言

沈思熟考(8)
復旧と復興の狭間で

真山 仁

今年元日に起きた能登半島地震から、半年以上が経過した。

2011年の東日本大震災以降、日本は何度も大地震に襲われている。そのたびに疑問に感じるのが、「復興」という言葉の使い方だ。
そもそも「復興」という言葉が意味することは曖昧だ。敢えて定義づけると「被災地を元に戻すだけではなく、賑わいや新しい生活を“興す”」ことだろう。

だが、実際に文字通りの「復興」を成し遂げた都市は、皆無だと私は考えている。それは、「復興」と言いつつ、被災地を以前の状態に戻す「復旧」を目指している場合が多いからだ。

東日本大震災以降、甚大な被害を受けた被災地の多くは、もともと高齢化と過疎化が進んでおり、震災前の状態に戻されたところで、「賑わいや新しい生活は興」せない。
「復興」するには、革命的な創造が必要なのだ。

外部の力を借りて最先端の施設や街を出現させることはできるだろう。だが、重要なのは、そこで暮らす人たちの心を前向きにして、豊かにすることだ。
そのためには、被災者が、我がまちをどんな風にしたいのかを、じっくりと時間をかけて話し合い、創出しなければならない。

にもかかわらず、能登では周囲が「復興が遅い」とプレッシャーをかけている。
焦って「復旧」しかできなければ、能登にとっては、二次被害に近い状況が待っている。

政府もメディアも、軽はずみに「復興」という言葉を連発せず、被災地から日本再生のきっかけを創り出そうという気概と覚悟を持って臨んで欲しいものだ。


●初出:月刊「商工会」2024年9月号 
https://www.shokokai.or.jp/shokokai/gekkan/index.htm

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