この10年間、ロースクールでの学業や司法試験受験、司法修習、弁護士としての執務と並行して国内の城址約170カ所を巡った城好きの筆者が、その楽しさと、そこから得た視点を紹介する。
皆さんはじめまして、弁護士の日野です。普段は、東京の弁護士事務所で日本や中華圏の企業に向けてリーガルサービスを提供していますが、何故か今回は専門の法律ではなく、10年来の趣味である城巡りについて連載を書くことになりました。
お話を頂いたとき、ひょっとして私は法律ではなく城の専門家だと誤解されているのではという思いが一瞬頭をよぎりましたが、せっかくの機会なので、皆さんに城巡りの楽しさを伝えるべく筆を取ってみることにしました。
なお、普段は「弁護士は100人が読んで全員が同じ意味に理解する文章を書くべき」という信念のもと硬い文章ばかり書いていますので、読みにくいところもあるかもしれませんが、是非お付き合いください。
私が城の魅力に取りつかれたのは、ロースクール1年目の時でした。元々勉強があまり好きではなかったこともあって、鬱々とした気持ちで夏学期を終えました。そこで夏休みの終わりに突然、伊勢参・熊野詣に行こうと思い立ち、熊野詣の拠点として、和歌山県新宮市に宿泊しました。その翌朝、熊野本宮大社に向かうバスに乗るまで時間があったので、途中にあった新宮城址に立ち寄ったのです。新宮城址には、城の南側から登城路があり、そこを登り切って右折した瞬間、私は「その時」を迎えました。
美しい勾配の石垣が、生い茂った草木の中から、自分を待っていたかのように見えたのです。城の石垣を生まれて初めて見た訳ではないのに、それまでとは全く違う何かがそこに「居た」のです。いずれにせよ、その瞬間は10年経った今なお、朝日を浴びて蒸す草木の匂いと清々しい熊野の空気の香りとともに記憶に刻まれています。
それ以降、日本百名城というスタンプ企画が行われていたことや、元々旅行好きであることも手伝って、週末や連休を使って城を巡るようになりました。その後司法試験に合格し、全国各地で行われる司法修習では、彦根城をはじめ名城が沢山あるからという理由で滋賀県を選ぶ始末でした。弁護士として働き始めてからは、さすがに時間が取れなくなりましたが、同好の士を募って「お城部」というものを立ち上げ、年に2回ほど遠征をしています。
最近、お城ブームと言われるほど城の人気が高まっていますが、私がこれまでに巡った城の数は170程度で、初心者を卒業した程度です。また、城郭研究をしているわけでもなく、書店で手に入るような書籍で齧った程度の知識しか持っていません。にもかかわらず、今回連載を引き受けようと決めたのは、城巡りをすることで得た視点を、皆さんに紹介したいと思ったからです。
我々は皆、物質的な意味で同じ世界に住んでいるはずですが、各々が持つ視点を介して世界を見ることで、そこから異なる意味を読み取っています。たとえば、城好きの私は、羽田から福岡に飛ぶ際に天気が良ければ、窓から地形を眺めて、あそこにはいい城が築けそうだとか、きっとあの辺りには城址があるだろう、といったことを考えています。おそらくそれは、城巡りを通じて得た視点があるから見えてくるものでしょう。
私が各々に違う視点があるということに気づいたのは、小学校6年生になって、北京からの帰国子女として日本に戻ってきた際に、どうやら周りの日本人には、自分と違う「空気」なるものが見えているらしいということに感づいたときでした。もっとも、そういうシビアな話でなくとも、視点が沢山あったほうが、同じ時間の人生をより楽しめるのではないかと思いますし、人と違う視点そのものに価値があるようにも感じます。なので、私が城巡りで得たものを紹介できれば、皆さんがご自身でお持ちの視点とは異なる世界があることを伝えられるのではないかと思います。
さて、城巡りというただの趣味を、やや無理やり真山メディアが重視する「視点」に結び付けたところで、次回から連載のメインテーマである「キルゾーン(Kill Zone:敵兵を殺すための場所)」の由来、すなわち、「城は何のためにあるのか」という話から始めましょう。
執筆者プロフィール:
日野 真太郎(ひの しんたろう)
弁護士。1985年福岡県生まれ。幼少時を中華人民共和国北京市で過ごし、東京大学法学部、同大学法科大学院、滋賀県大津市での司法修習を経て、2012年より東京で弁護士として執務。企業間紛争解決、中華圏を中心とする国際法務全般及びスタートアップ法務全般を取り扱う。趣味は城巡りを中心とする旅行で、全国47都道府県を訪問済。好きな歴史上の人物は三好長慶と唐の太宗。