松本は、2005年4月25日にJR西日本福知山線の塚口駅―尼崎駅間で発生した、乗客と運転士合わせて107名が死亡、562名が負傷した列車脱線事故の、ある遺族とJR西日本の幹部とのやりとりを10年以上に渡って取材しまとめた。
「これは、ご遺族の淺野さんから託された思いに応えねばというのが最大のモチベーションでしたから、中途半端なものは絶対に書けないという思いがありました。
取材を尽くし、事実や証言を可能な限り集めるのは当然ですが、それらをただ伝えるだけでなく、どんな視点で、何をどこまで書き、事故を歴史の中にどう位置づけるか。取材が難航した分、じっくり時間をかけ、自分自身の中で納得できるまで考察を続けました。
情報の鮮度や速さではなく、取材対象にどこまで向き合い、考え抜いたかでノンフィクション作品の価値は決まると思うんです。それが、『軌道』で初めてできた気がします」
事故が起きてから本を刊行するまで、13年という時間を要した。周囲からは「もっと早く書きあげて発表すれば」という声もあった。だが、「自分にしか書けないものにするためには、もっと深く考え、取材せんと」という信念は、揺るがなかった。
「当初は事故10年の節目を目標にしていたんです。ご遺族側の話を聞き書きするだけなら、もっと早く書けたと思う。でも、事故の背景を含めた全体像を書くには、加害者側であるJR西への取材が欠かせない。それがなかなか進まなかったというのが実情で……。それに加えて、どうしようもなく筆が遅い(笑)。でも、『これはどういうことなんや』『ほんまに俺の理解でいいのか』という自問に納得できる“解”が見つからん限り、この本は出されへんというこだわりは守りたかった」
私も、実際に起きた出来事から時代を読み取って、そこに普遍性を探し、それをフィクションで見せるという書き方をする場合が多い。そういう時は、事件が起きてすぐには、原稿を書かない。「事件が起きた」のは結果ではなく、一つのハイライトでしかなく、その前の背景、さらにそれ以上に重要な、起きた後どうなったのかを見極めなければ、ある出来事から時代の普遍性なんて見つけられない。だから、暫くの間「寝かす」ことにしている。
松本のノンフィクションの手法も、それに通じるものだろう。とはいえ、往生際が悪いのは、間違いない。
『軌道』を書いている頃に知り合い、飲み仲間となったが、何度か「まだ悩んでいる」という言葉を、ため息交じりに漏らしていた。それでも、諦めないし、執筆速度を無理に上げることもしない。
「誰も知らない事実やデータを発掘し、世の中に公表する調査報道はとても重要だと思います。それと同時に、さんざん報道され、誰もが知っている事件や出来事について“定説”を疑い、新たな視点や事実を持って『ほんまは何があったのか』を調べ直す検証報道が大切だと思っているんです。『軌道』もそうですし、真山さんの『ロッキード』も、まさにそういう視点で書かれた作品であることに、共感と敬意を覚えます」
調査報道は大切――。少なくとも21世紀に入ってから、多くの大手メディアは、何度もそう喧伝し、社によっては専門部門を立ち上げて、調査報道に力を入れた。だが、大抵の場合、結果を求めすぎるため、拙速で薄っぺらい内容だったり、強引な「お涙頂戴記事」でお茶を濁すようなケースが多かった。
現場の記者は、もっと時間をかけて、大勢の関係者に取材し、資料を漁り、掘り下げた上で、情報を精査し、そこから真実を見つけ出したいと願っている。だが、そういう熱意が「費用対効果を考えろ」という言葉で一掃されてしまい、部署ごと消えてしまったところもある。
無論、マスメディアに所属して、素晴らしい調査報道を発表している記者はいる。
そして、フリージャーナリストの多くは、マスメディアでは取り上げない、掘り下げないネタを追い、気の遠くなる時間を掛けて一つの「結果」にまとめて発表している。
フリーランスの場合、何年もかけた「本」だけでは生活していくのは厳しい。自身のテーマを追い続けるために、日銭仕事を稼ぐ原稿を書いたり、家族の収入に支えられながら、恵まれた環境でなかったとしても、取材を考察を、そして、執筆を諦めない。
「誰か一人を英雄や悪者にしたり、横並びで断片的なニュースの速さだけを競うのは、まったく無意味とは言いませんが、問題の本質を見えにくくしますよね。
例えばポピュリズムの問題について書くなら、ポピュリスト政治家だけを批判・糾弾しても仕方がない。なぜそれが支持されるのか、誰が支持しているのかという『構造』まで捉えて読者に訴えないと、本当の怖さは伝わらない。
この社会で起きている問題の多くは、誰か悪いやつが勝手に起こしてるわけじゃない、私やあなたも問題の当事者なんですよということです。時間はかかっても、そういうことを取材によって明らかにし、伝えられるライターでありたい」
覚悟や矜恃を表には出さないが、頑固な松本の胸に秘められた、真実を求める情熱は熱い。
「こだわりのある取材テーマを問われれば、ジャーナリズムとかいくつかあるんですけど、それ以上に僕にとっては『自分のいる場所』が重要かもしれない。神戸に住み、関西圏で生活や仕事をして、その中で出会う人びとや見える社会が自分の問題意識や物を書く動機になってきた。テーマより前に場所ありき。だから僕は新聞社を辞めて15年になる今も、自分の本分は『地方紙の記者』だと思っているんです」
現在、地方メディアで格闘する記者たちを追いかけたルポの取材、執筆を続けているという。(webちくま『地方メディアの逆襲』 http://www.webchikuma.jp/articles/-/2417)
かつて彼が身を置いた場所を、外から見つめようとしているわけだ。いかにも、松本らしい挑戦だ。気長に、本が完成するのを待ちたい。
【プロフィール】
松本創(まつもと はじむ)
ノンフィクションライター
1970年大阪府生まれ。神戸新聞記者を経て、2006年フリーランスのライター、編集者に。関西を拠点に、政治・行政、都市や文化などをテーマに執筆。著書に「第41回講談社本田靖春ノンフィクション賞」を受賞した『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』(新潮文庫)をはじめ、『誰が「橋下徹」をつくったか――大阪都構想とメディアの迷走』(140B、2016年度日本ジャーナリスト会議賞受賞)、『日本人のひたむきな生き方』(講談社)など。