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対談

『能登を、結ぶ。』
渋谷敦志×真山仁
ギャラリートーク 06〈最終回〉

真山 仁

渋谷 能登と東北を比較すると、見捨てられているとまでは言わないが、復興のための予算がかなり違う。東北には、10兆を超える予算がついて、そのマネーの力に人は抗えなかった。防潮堤はどんどん高くなり、人々はどんどん高台に移住していった。

能登は、人手も資金も少ない分、自分たちでじっくり考える時間がある。少なくとも、自分のペースで考えられる時間が持てているのは救いなんじゃないかと思います。東北の時は、日本全体が「東北がんばれ」というムードだったので、「ちょっと待って」とは、誰も言えなかった。

真山 東日本大震災の場合、被災したエリアが広すぎたこと、津波で目の前からすべてが消えたことが大きかった。避難所では、みんな、「防潮堤を作っていいですか」「はい」というような承諾のサインを、内容を精査する余裕がなく、毎日たくさんしていた。

これは小説にも書きましたが、健康診断を無料で受けることに同意したら、自動的に自分のDNAを研究に使っていいと承諾していることになったというケースもありました。

能登は、これから取材を重ねていきますが、これまでもギリギリで暮らしていて、もう帰りたくないという人が結構いると聞いています。輪島塗のような職人ピラミッドのある世界では、職人さんたちが、地震を機に辞めて出て行ってしまった。帰っておいで、と仕事も家も用意したのに、帰ってこない。震災前から、何らかの問題があったのでしょう。特定の人達を叩きたくはないが、現実は見せたい。

渋谷さんには、能登の素晴らしいところを、これからも伝えていってほしいんだけど、それだけでは、遠くから見ている人は「能登はもう大丈夫」だと独り合点することになる。今回の私の使命は、これだけは言わせてもらうという問題点を書き続けるという姿勢を貫くことだと考えています。そうじゃないと、もう二度と書くつもりのなかった被災地の小説を書く意味がありません。

これから、渋谷さんと私は、反対の方向に向かうと思います。それが、社会です。世の中には、いいことだけも、悪いことだけもありません。両方があって、どうしてこんなことになるのか、上手に融合できないのかと考えるのが面白い。

能登はとても魅力的だと発信する渋谷さんがいて、「渋谷は分かってないな」って批判する私がいるのが、社会なんです。渋谷さんが、そっちをやってくれるなら、私は心を鬼にして、というか、それが得意なんですが(笑)、厳しいことも書こうと思います。

渋谷 能登取材に、また行かれるんですよね。僕も一緒に行きたいなあ。
僕も、写真集を出して終わりじゃなくて、これからどうするかを考えたいと思います。年末に写真集を手渡しした時、喜んではもらえたけど、表情が暗い人もいました。問題が現実味を帯びてきたからです。

地震が起こって、最初の数カ月は、興奮状態でした。「絶対に復興させる」と、迷いがない。だけど、半年が過ぎて、冬が来て、お金という現実的な問題に直面した。事業を再開するには何千万円というお金が必要で、再開しないと、人はどんどん減ってしまう。

今、元いた人たちの3割くらいが流動的ではあっても能登から離れています。今後、復興に時間がかかれば、もっとその数は増えるでしょう。そんな中で、改めて能登をどう見ていくのか。僕は多くの方に、一回は能登に行って、何か感じて欲しいと思っています。その時に、こういう視点を忘れないでほしいというのはありますか。

真山 ぜひ行ってもらいたいと私も思います。東京にいて、私たちの話を聞いて、「へー」と思って考え方を変えていくというのも大事ですが、実際に行ってみないと何が起こっているのか、本当のところは分かりません。

そう言えば、昔、東北で、震災から5年目くらいかな、いわゆる被災地巡りタクシーが大流行りしました。仙台駅から3時間コース、5時間コースなどがあって、震災の爪痕を案内してくれる。

もちろん、賛否両論ありました。被災地の運転手がお金を稼げるならいいじゃないか、みんなに知ってもらうことに価値がある、それはその通りです。一方で、たとえば大川小学校のような場所で、スマホで写真をバシャバシャ撮る人も多かった。それは、違うんじゃないか。

写真を撮るのがダメなわけではない。だけど、観光じゃない。その場の空気を吸いに行ってほしい。肌で感じて欲しい。そうして初めて、自分に何ができるのかを考えられるようになります。そして、自分の言葉で伝えて欲しい。

今回の連載小説のタイトルは『ここにいるよ』です。なぜなら、ここにいるよという能登の人達の声が、東京に届いていないと思ったからです。

渋谷 おそらく真山さんの仕事と僕の仕事は、車の両輪みたいなもので、両方があって、前に進んで行く。それが社会であり、僕たちはそうやって考え続けるしかないのだと思います。
(了)

【2025年1月10日(金)於:Nine Gallery】

渋谷敦志(しぶや・あつし)
1975年、大阪生まれ。フォトジャーナリスト。
立命館大学産業社会学部、英国London College of Printing卒業。
国境なき医師団日本主催1999年MSFフォトジャーナリスト賞、2005年視点賞・第30回記念特別賞、2021年笹本恒子写真賞などを受賞。

【構成●白鳥美子 放送作家・ライター、真山仁事務所スタッフ】

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