11月3日の大統領選挙に向けて、ニューヨーク州でも期日前投票が開始された。私の住むニューヨーク市内の投票所では、連日長蛇の列ができている。米国史上最も重要とも言われているこの選挙を、移民の立場で見つめている私だ。
街やオンライン、テレビ、ラジオ、交通機関にまで「Vote(投票しよう)」の文字が溢れかえっている。選挙管理委員会、政党、候補者事務所だけでなく、無党派団体をはじめメディア、企業、文化・スポーツ組織などあらゆる団体が、独自のミッションやキャンペーンと結びつけて投票の重要性を説いた上で、投票を促すメッセージをあちこちで発信しているからだ。
市民は家の窓に「Vote」と書かれたポスターを貼り、SNSでは有名人も無名な人もこぞって投票を呼びかけ、投票する姿を撮影したビデオや写真を投稿したり、すでに投票した人は、「Voted(投票済み)」のステッカーでアピールしたりしている。
トランプ政権の問題点について議論する番組や記事にとどまらず、現政権に関するドキュメンタリー番組や、実在の人物名をそのまま使用した、実話に基づくとされている出来事をストーリーにしたドラマもオンエアされた。
さらに、米国の選挙システムの歴史や問題点から、無効にならない投票用紙の書き方、他国が垂れ流す陰謀論に騙されない方法、選挙不正の監視を手伝う弁護士の登録方法まで、ありとあらゆる情報がさまざまなメディアを通じて目と耳に飛び込んでくる。
私のスマホにも夏から、多い日には1日に5件ほど政党支持や投票への登録(米国の多くの州では投票するために登録が必要)、投票を呼びかける電話やショートメールが届いている。知り合いのなかに、トランプ大統領を支持する人もいるが、今回の選挙に参加しないと言っている人はいない。
「この選挙区では、当選する人は決まっている。私の一票は重要じゃないから投票しなくていい」という考え方をする人もいなくなった。結果に影響しなくても、自分の一票が得票数に数えられることが重要だという認識に変わったのだ。
これは、すごい現象だ。個人主義の米国で、選挙への参加において皆が一つの方向を向いている。なんとなく流されてやっているのではなく、個々の意志で投票所に向かっているのだ。
注目されている若い世代の投票数も、これまでの期日前投票の集計では大幅な伸びが示されている。「私たちの世代がこの国を変える」というミレニアル世代やZ世代の発言もよく見聞きにするようになった。
選挙の結果がどちらに転んでも、想像するのも恐ろしいような反動期を経て、米国はさまざまな困難な戦いに直面するだろう。うまく進めるかどうかはわからないが、今現在、国民が全員参加の意志を持てているということは事実として残る。これは大きな強みになるだろう。
でも、払った代償は大きい。掛かった費用も莫大だ。
・コロナウイルスによる米国の死亡者数23万574人(10月25日現在)
・バイデン陣営がこれまでに集めた選挙資金:9億5220万ドル(10月22日現在)
・トランプ陣営がこれまでに集めた選挙資金:6億1270万ドル(10月22日現在)
投票権のあるなしにかかわらず、移民もここで暮らすには、米国に参加するという意志が必要だ。常に自分の意見を聞かれるし、意志を表示しないと、そのうち人々の視界に入らなくなる。一人の個人として、日本で育った映像作家として、私も自分なりのメッセージを届け続けたいと思っている。
もっとも、今はクリエイター泣かせの時期と言う人もいる。なぜなら、現実が通常レベルの想像力を超え、大胆だったはずのストーリー展開も風刺も、インパクトに欠けるものと化してしまうから。それだけにきっと、奇抜さを養うにはもってこいの環境だ。
執筆者プロフィール:
川出 真理(かわで まり)
映画・ドラマ監督。日本のコンサート業界でプロモーターとして従事した後、2007年に渡米し、ニューヨークのデジタルフィルムアカデミー卒業。監督・脚本を務めた映画『Seeing』でロサンジェルスムービーアワードのベストエクスペリエンス映画とベスト撮影賞をダブル受賞。アメリカ国内外の映画祭への正式参加多数。ドラマでは、コメディ『2ndアベニュー』に引き続き製作した最新作の社会派ドラマ『報道バズ 〜メディアの嘘を追いかけろ〜』がAmazon他で配信中。