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コラム

「世界」を読む no.13
壮大なスケールで描く3部作がSF界に巻き起こした一大センセーション〜『三体』シリーズより

加賀山 卓朗

ずっと気になっていた劉慈欣(リウ・ツーシン/リュウ・ジキン)の『三体』シリーズ(I、II(黒暗森林)上・下巻、Ⅲ(死神永生)上・下巻からなる全5巻。大森望ほか訳、早川書房)をようやく読んだ。異質の生命体との遭遇、いわゆるファーストコンタクトものだが、話のスケールの大きさと、汲めども尽きぬ発想に頭がくらくらする読書体験だった。2015年にヒューゴー賞(世界最大級のSF賞)をアジアで初めて受賞し、一大センセーションを巻き起こしたのもうなずける。

人知を超える存在が地球外からわれわれを蟻の群れのように見ているというイメージは、誰しも抱いたことがあるだろうし、古くからさまざまなかたちで語られてきた。『三体』は、現行または想像上のテクノロジーや、宇宙物理学、核物理学、生物学、社会学などの知識を駆使して、そのイメージを緻密で壮大な物語に発展させた。

人類は400年後に攻めてくる三体世界の艦隊を迎え撃たなければならない。科学技術ではるかに勝る三体文明は、知性のある監視装置「智子」を地球上にばらまいて、すべての情報をリアルタイムで把握しはじめる。それを回避するために人類が考え出した「面壁者」、対抗する三体側の「破壁計画」、核抑止論の宇宙版とも言える「暗黒森林理論」、宇宙連合艦隊を壊滅させる「水滴」、膨大な人数を動員した手旗信号による人列コンピュータ、巨大な樹木のような都市、間近に見る四次元物体、遺伝子識別能力を持つウイルス……などなど、全篇を通じてアイデアの絢爛なオンパレードである。人類側と三体側の知恵比べ、権謀術数が入り乱れる第Ⅱ部がいちばんおもしろいかと思いきや、ハードSF色が増す第Ⅲ部にはさらに圧倒された。宇宙と空間と時間に関して、これを超える発想はなかなかできないのではないかとさえ思う。

『三体』の中国語の原書を英語に訳して世界に紹介したのは、中国系アメリカ人のSF作家、ケン・リュウだ。彼自身もヒューゴー賞や、同じくらい権威のあるネビュラ賞を受賞していて、短篇集の邦訳も出ている。『紙の動物園』、『母の記憶に』、『草を結びて環[たま]を銜[くわ]えん』など、ファンタジー寄りの作品や、中国に題材をとった作品がとくに味わい深い(いずれも古沢嘉通訳、早川書房)。その傍ら、中国語で書かれたSFの英訳紹介にも熱心で、彼の英訳がなければ『三体』のヒューゴー賞獲得もなかったか、少なくとも遅れていたはずだから、翻訳が果たす役割というものについても考えさせられる。

昨年末には、カイフー・リー(李開復)・チェン・チウファン(陳楸帆)共著の『AI2041 人工知能が変える20年後の未来』(中原尚哉訳、文藝春秋社)も出た。AIをテーマにした10の短篇と、それぞれのAI技術の解説や今後の展望が並んでいて、短篇自体もおもしろいが、解説部分がわかりやすくてとても勉強になる。SFの発想や物語を現実世界の技術開発などに活かす手法を「SFプロトタイピング」というらしい。

中国発のSFの出版はいま本当に盛んで、昨年は『三体』の劉慈欣による短篇集『老神介護』、『流浪地球』(いずれも大森望ほか訳、KADOKAWA)や、宝樹(バオ・シュー)による『三体X 観想之宙』(『三体』ファンの作者による二次創作だが、劉慈欣に公認されている。大森望ほか訳、早川書房)、中国女性SF作家アンソロジーの『走る赤』(武甜静・橋本輝幸編、大恵和実編訳、中央公論新社)などが続々と刊行された。これらの洗礼を受けたせいで、今後の読書傾向が変わる気もする年明けである。





【執筆者プロフィール】
加賀山卓朗(かがやま・たくろう)
1962年生まれ。翻訳家。おもな訳書に、『スパイはいまも謀略の地に』(ジョン・ル・カレ)、『ヒューマン・ファクター』(グレアム・グリーン)、『夜に生きる』(デニス・ルヘイン)、『大いなる遺産』(チャールズ・ディケンズ)、『チャヴ』『エスタブリッシュメント』(オーウェン・ジョーンズ/依田卓巳名義)などがある。

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