渋谷 真山さん自身が神戸の震災経験者で、東北にも何度も行っているから、いちばん罠にはまりやすかったのでしょうか?
真山 そういう反省もあります。能登は大丈夫だと思い込んでいた。たまたま和倉に昔からの知人がいて、全然大丈夫じゃないと聞いて見に行って驚いた。
これまで、若い記者などには、現場を見てから判断しろと言っていたくせに、何もしないで勝手にもう収束したと思っていた。やっぱり、これは責任をとらないといけない。私にとって、それは、被災地に足を運び、小説として書くことです。

渋谷 僕自身も、徐々に変化を感じています。最初は、目に入る光景が途方もない破壊なので、そのインパクトが強くて大変だなと思っていた。ただ、それに圧倒されていたらアカンというのは経験からわかっていたから、出会った人を糸口に、ちょっとずつ開いていったら、見える風景が変わっていって、自分の気持ちも変わりました。
能登って、なんかすごいところなんです。確かに自然は厳しい。大きな地震も起きたし、冬は厳しい。でも、能登という土地にはすごいエネルギーがあって、磁場なんだと思った。それが好きで、残っている人達がたくさんいる。
昔から厳しい土地だったのに、それでも残ってきた人たちの子孫、あるいは移住してきた人たちなので、能登への愛着が強いんです。彼らを引きつけるものは、何か。それを突き止めて、僕なりの写真に記録していきたい。5年、10年かかるかもしれないけれど、能登の人達が大事にしているものを伝えられる。東京の人にも届くかもしれない。そこをいちばん守っていかないといけないと思います。
これからどんどん、震災の影響で、能登で廃業する会社が増えれば、その分、人が去っていく。それを食い止めるためには、復活させて、新しいこともやっていかないといけない。古き良き伝統と、新しい何か。能登の人だけじゃなく、非・能登の人達も加わって、みんなでつくっていく。そういうのをやりたい。
真山さんの小説が最終的にどういうところを目指していくのかはわかりませんが、過去の小説では、どこか希望を残していますよね。
真山 震災が起こらなければ気付かなかったことばかりだけど、実は、ずっと潜在的な問題点があった。前からあったことが、震災で顕在化した。仕事がないことも、人が減ることも、若者が夢を持てないことも、これまでもずっとあったんだけど見えなかった。言い方はよくないが、震災のおかげで、それが見えるようになったのは、よいことだったんじゃないか。
ここに問題があると、みんなが知って、気にかけてくれている。これは、チャンスです。今なら、みんなで考えることができる。これから考えないといけないのは、忘れないための震災遺構だと思う。陸前高田の一本松のように、能登では何を残すのか。だけど、輪島の朝市は更地になって、珠洲で隆起していたマンホールも消えてしまった。
渋谷 僕も年末に朝市の跡地に行ったら、木が二本残っているだけで、焼け跡は消えていました。
真山 どうして残さないのか、良く分からないけど、もしかしたら、被災したことを恥ずかしいと思っているんじゃないかと感じています。
私は、今回、先入観の罠にはまったことを反省しているので、能登に行くたびに他と違うところを探しています。阪神にも東北にもない、能登だけのものを見つけようとしている。そんな中で、一つ気になっているのが能登人の気質です。
「ありがとう」の意で「気の毒な」と言うと知ったとき、ここにヒントがあるなと思いました。自分のような者にここまでしていただくなんて気の毒な……という気持ち。ここからは小説家の想像ですが、遺構なんてどうでもいい、早く復興しようとしている意思を見せようとするのは、お荷物になってはいけないという気持ちの表れなんじゃないかと。
渋谷 能登は復興が遅いと言われて、スピードアップしないといけないという意識はあると思います。ただ、去年の秋くらいから解体のスピードが上がって、はじめはどんどん片付けて下さいと言っていた人が、ちょっと待ってほしいと言い始めています。一部でも残せないか、と。瓦礫でさえ、消えるのが寂しいという人もいます。
真山 東北の人が能登に入って、「遅れている」と言っているという話を聞きましたが、東北の復興だって、ずいぶん時間がかかりました。女川は、本格始動に3年くらいはかかった印象があります。
今回の能登は、インフラの復旧に時間がかかっているらしい。隆起のせいもあるから、仕方がないのに。能登の人達は頑張っているのに、遅れていると言われると、申し訳ないと思ってしまう。
阪神の経験者が、東北で「復旧が遅い」と言い、今度は東北の経験者が能登で言っている。これが、人間の業なのでしょう。そういうの、気にしなくていいよというガス抜きも、小説だとできる。
新聞記事で取り上げると、「誰が言っているのか」と騒ぎになるが、小説でなら、登場人物に東北人を設定して言わせればいい。それを受けて、焦らなくていい、ゆっくりでいいんだよと伝えられる。
(次回へつづく 全6回)
渋谷敦志(しぶや・あつし)
1975年、大阪生まれ。フォトジャーナリスト。
立命館大学産業社会学部、英国London College of Printing卒業。
国境なき医師団日本主催1999年MSFフォトジャーナリスト賞、2005年視点賞・第30回記念特別賞、2021年笹本恒子写真賞などを受賞。
【構成●白鳥美子 放送作家・ライター、真山仁事務所スタッフ】