自分の人生経験が如何に乏しいかに気付き、愕然とした経験はないだろうか。
「平凡な人生を送ってしまった」「挑戦が足りなかった」と後悔してしまう。
だが、人生経験というのは、そんな簡単に積み上がるものではないし、いくら艱難辛苦を乗り越えてきた人でも、自身が何を得たかを感じ取り、経験値として認識するのは難しい。
経験不足を嘆く人に、私は〝小説を読むこと〟を勧めている。
小説は、登場人物に感情移入をして、物語の世界に身を置いて楽しむものだ。恋愛小説、ミステリや社会派小説、SFや歴史小説など、時間と日常生活を忘れて、作品に没頭する時、読者は感情移入した登場人物の人生を「生きる」ことになる。
好きな人に、どう接すれば告白できるのか。社会はどのような仕組みによって動き、人は巻き込まれていくのか等々、読者は様々な出来事に遭遇し、失敗も成功も多様な経験を積んでいく。しかも、本を閉じれば時間が止まるから距離を置いて考えたり、遡ることもでき、自分が何を経験しているのかが、より明確になる。
だから、60歳になっても、15歳の初恋の気持ちが味わえるし、十代の若者が、老いとは何かを知ることもできる。
小説なんて、暇潰し――。そう思っている方は、改めて小説を手にして欲しい。読み終えた時、あなたには、感情移入した登場人物の数だけ、人生経験が増えているのに気づくはずだ。
●初出:月刊「商工会」2024年5月号
https://www.shokokai.or.jp/shokokai/gekkan/index.htm

