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“混迷の震源地”ニューヨーク報告

萩原 豊

世界中からカネが集まり、夢を抱いた人々の欲望が集まるニューヨーク。この街は、確かに表面だけ見れば、狂おしいほどに華やかだ。だが、もはや「アメリカン・ドリーム」は死語と言われ、経済格差は広がり、しかも固定化されつつある。
この春からニューヨークに赴任したジャーナリストが現地から声を届ける。

「この街を好きかって?嫌いだね」
そのドライバーは、「カネのためだから」と付け加えた。時々利用するライドシェアやタクシーで出遭うドライバーの出身地は、ネパール、バングラデシュ、インド、パキスタン、ベネズエラなど多様だ。車内では、仕事の失敗や暮らしの厳しさが度々話題になる。ニューヨーク市の最新調査によれば、市内の世帯貧困率は17.3%。特に子どもの貧困率は23.8%と、4人に1人が貧困というのが現実だ。華やかさの裏側で、人々の不満や嫉妬が渦巻く街……。分断化された社会の溝はあまりに深い。

「ニューヨークはアメリカを凝縮した都市だ」という人もいれば、「ニューヨークはアメリカではない」という人もいる。そんな街が、この春から仕事の拠点になった。俯瞰してみれば、戦後、国際秩序を築いてきたはずのアメリカが、今は世界に混迷を広げる“震源地”にも見える。トランプ大統領の本拠地でもあるニューヨーク。この街から、アメリカ、そして世界について考えていきたい。

■もう一つの“マグマ溜り”~米大統領選2020

日が暮れかかった平日の夜、初代大統領の名にちなんだ、マンハッタンのワシントン・スクエアパークに到着すると、予想を超える人々が集まっていた。凱旋門に吊された巨大な星条旗。これを背景に立った民主党のエリザベス・ウォーレンが訴える。 

「汚職が、私たちの経済を破壊している。汚職が、私たちの民主主義を壊しているのです!」 
歯切れの良いフレーズが続く。70歳という年齢だが、声には力強さがある。聴衆の女性たちから発せられる甲高い歓声が、演説をさらに盛り上げる。演説の節目で、ウォーレンの名前が記されたボードが一斉に掲げられる。 
若い男女の姿が目立つ。白人、黒人、ラテン系と多様だ。多くがスマートフォンで写真や動画を撮影し、すぐにSNSで発信する。

両手を挙げるエリザベス・ウォーレン(写真左側)

「2セント!2セント!」 
演説中に、何度も、このかけ声が大きく響いた。ウォーレンは資産5000万ドル(約54億円)以上の世帯への増税策を提示。これが1ドルにつき「2セント(約2円)」だとして、キャッチフレーズになっている。

それにしても驚いた。この熱はいったい何なのか?

果たして、それから数週間後、ウォーレンは、民主党の指名争いで初めて支持率トップに躍り出た。政治専門サイトの集計で、ウォーレンが26.6%、1年近くにわたり首位を守ってきたバイデン前副大統領(26.4%)を抜いた。3位は心筋梗塞で一時入院したサンダース上院議員(14.6%)だった。ウォーレンの出馬時点の支持率は、わずか6%。明らかに勢いがある。

熱源はどこにあるのか。もしかしたら、彼女は、もう一つの“マグマ溜り”を見つけたのではないか。 
3年前にトランプを大統領に当選させたのは、「忘れられた人々」と言われる。人種としては白人で、所得や学歴は高くなく、製造業に携わる労働者が多かった。彼らはグローバル化によって、徐々に経済的な困窮に陥り、将来への強い不安を抱えていた。この、いわば“マグマ溜り”に、トランプはつけ込んだのだ。グローバリズム、不法移民、自由貿易、中国などを徹底的に敵視し、不安を煽り、最終的に、怒りのマグマを噴火させたと言えるだろう。

では、ウォーレンの“マグマ溜り”はどこにあるのか。ニューヨークの集会での言葉をひく。 
「会社のオーナーは、より金持ちになり、政治家たちは、より力を持ちました。そして、労働者が、その犠牲を払っているのです」 
打ち出している政策もわかりやすい。トランプ政権による法人税減税の⾒直し、巨⼤IT企業の分割、富裕層への課税率引き上げ、最低賃⾦の引き上げ、大学授業料の無償化……。 
既得権益を持つ富裕層、エリート層を批判の的としている。

「構造を変えよう!構造を!」
ウォーレンは、「構造」という言葉を繰り返し使った。一部の権力者が、富を独占し、次世代にも格差が固定化される。持つ者ばかりが富んでいく社会システムの、不正や腐敗を変えよう、という訴えだ。

経済格差に苦しむ若者や女性。彼らの不満や憤りが潜む、もう一つの“マグマ溜り”があるのではないか。トランプ支持層とは異なる市民の間に、その熱が徐々に高まっている。

■感情が政治を動かす時代でいいのか?

「メキシコは、麻薬や犯罪を持ち込む人々を送り込んでくる。彼らは強姦魔だ」
「アメリカは日本から関税ゼロで何百万台もの車を輸入している。日本と真っ当な貿易をできるのか」
トランプは、選挙キャンペーン中も、就任後も、事実だけでなく、誇張やウソによって、敵に位置づけた人や国を、徹底的に非難し、人々の不安や怒りを煽り続けている。 

英オックスフォード辞典が、2016年の言葉として選んだ「Post-truth(脱・真実)」=「世論の形成において、客観的事実よりも感情的・個人的な意見のほうがより強い影響力をもつこと。受け入れがたい真実よりも個人の信念に合う虚偽が選択される状況をいう」(デジタル大辞林)  

では、ウォーレンが、民主党の候補者指名争いで勝ち、さらにトランプに勝つために、富裕層や大企業を「敵」に位置づけ、ウソも交えて徹底的に批判し、市民の“怒りのマグマ”を噴火させようとするのか? 
ウォーレンの集会で聴衆のなかに身を置いて、その熱狂的な掛け声を聞きながら、私は、民主主義の行く末を案じていた。
多くの支持を集めるためには、敵が必要なのか? 
熱狂を生み出すには、攻撃的な言葉が必要なのか? 
過激なポピュリストに勝つには、それを超える過激さが必要なのか?
 
それは違うだろう。 
いまの政治や社会に問題点があるのであれば、政治家は、事実に基づいて、客観的に、わかりやすく指摘し、有権者に理解を求める。その結果として、不安や怒りではなく、市民の〝冷静な憤り〟を喚起すべきだ。
有権者も、自分の感情を揺さぶる政治家の言葉には用心したい。それは事実なのか、私たちを煽ろうとしてはいないか、などと常に疑ってかかりたい。  

すでにウォーレンの外交政策は、「人の顔をしたトランプ主義」と表現され始めている。このまま、トランプに対抗するために、過激な、左派ポピュリストになるのか。それとも、トランプと同じステージには立たず、冷静に有権者に政策の理解を求めるのか。 
そして、有権者は、どんな言葉を使う政治家を大統領に選ぶのか。このアメリカで、まさに民主主義が試されている。今後も、この場で報告していきたい。



執筆者プロフィール:
萩原 豊(はぎはらゆたか)
テレビ報道記者。1967年長野県生まれ。東京大学文学部を卒業し、TBS入社。社会部、「報道特集」「筑紫哲也NEWS23」、ロンドン支局長、「NEWS23クロス」特集キャスター、社会部デスク、「NEWS23」編集長、外信部デスクなどを経て、現在、ニューヨーク支局長。特別番組「ヒロシマ~あの時、原爆投下は止められた」(総合演出・取材指揮)で文化庁芸術祭テレビ部門大賞。アフリカなど40ヵ国以上を取材。東日本大震災では直後から福島を取材。

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