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“混迷の震源地”ニューヨーク報告③
「予見不能」で後手、感染深刻化と原発事故との共通点

萩原 豊

まさに“震源地”になってしまった。
新型コロナウイルスの被害が世界最悪となっている米国でも、ニューヨーク州は突出している。感染者は35万人、死者も2万2千人を超えた。今も、毎日100人以上が亡くなっている。州内の一部地域では経済活動が徐々に再開されつつあるが、肝心のニューヨーク市は、医療体制などで基準に達しておらず、6月以降になる見通しだ。そして——

タイムズスクエア 去年3月

タイムズスクエア 去年3月(上)と今年4月(下)

ニューヨークで1人目の感染者が確認されたのは3月1日のことだ。この頃は、まだ深刻に受け止めていなかった。

「CBSニュース社で2人の陽性を確認」

その一報が入ったのは、3月12日の夕方。職場がある米3大ネットワークCBSニュースの放送センターで感染者が出たのだ。一つ上のフロアだった。この時、市内ではまだ感染者は37人しか確認されていなかった。まさか、身近なところで、という思いだった。それからの感染拡大は、驚くようなスピードで進んだ。

ミュージカルの休演、レストランの店内飲食禁止、在宅勤務の義務化が次々決まり、ニューヨークを象徴する文化、経済の活動が止められた。人が消えた街に、早朝から深夜まで鳴り響く救急車のサイレン……。その頻度は増すばかりだった。感染者や死者数は急増していった。同じビルで働くCBSのスタッフに死者まで出た。ニューヨークに長く住む知人も、友人や取引先の人が亡くなったと話した。新型コロナによる死と隣り合わせにあることを感じた。4月7日までの市内の死者数は3202人。2001年のアメリカ同時多発テロでの犠牲者数、2753人を超えたと発表されたが、これは、まだ序の口だった。

病院 遺体安置のための冷凍トラック
病院に停められた遺体安置のための冷凍トラック

「4月6日:731人、7日:779人、8日:799人」

クオモ・ニューヨーク州知事の会見で発表される1日の死者の数。増加の一途をたどる数字を見ながら、言い知れぬ緊張感を覚えた。同時に、これと似た感覚を思い出していた。それは、福島第一原発事故の記憶だ。私は2011年3月12日から、災害対策本部のある福島県庁舎に詰め、東電福島事務所の会見を取材していた。毎日数時間おきに、原子炉や敷地に設置されたモニターのデータが発表される。急激に悪化を続ける数字に、メモを取りながら震撼した記憶がある。今、何が起きているのか? 本当にメルトダウンは起きていないのか? 今後、事故を制御できなくなったときに、日本はどうなるのか? 強い不安が込み上げたのを忘れられない。その感覚が呼び覚まされたのだ。感染症と原発事故は、もちろん、全く次元が異なる事案だ。だが、予見不能であることに共通点がある。

「米国の人々は新型コロナウイルスを心配しなくていい。危険性は『非常に小さい』。むしろ、インフルエンザの第二波に警戒してほしい」

2月17日のUSAトゥデイ電子版に、米国の感染症研究第一人者である、国立アレルギー・感染症研究所アンソニー・ファウチ所長のインタビュー記事が掲載されている。今は、トランプ大統領と対立しながらも感染拡大への警戒を強く訴え続けるファウチ所長ですら、当初はこうした見方を取っていたのだ。トランプ大統領は、1月から「ウイルスは完全に制御できている」「4月になると奇跡のように消えるらしい。本当だといい」「非常によくコントロールされている」などと発言している。また「毎年インフルエンザで3万5千人が死んでる」と、新型コロナはインフルエンザより軽い、という認識をしきりに繰り返した。その一方で、大流行は避けられず、これに備えるべきとした専門家や政治家もいた。結果としては、米国は世界最悪の事態に陥った、というのが、動かし得ない事実である。

未知なるウイルスの「リスク」を、社会全体がどう評価するのかは極めて難しい課題だ。それは“予見不能な危機”にどう向き合えばいいのか、という大きな命題でもある。

「私は、shelter-in-place(=屋内退避)など認めない。人々を怖がらせるだけだ。そうだろう? 隔離というのは、家を出られないということだ。恐怖やパニックは、ウイルスよりも大きな問題だ」

3月17日のクオモ知事の発言である。この前日にニューヨーク市長が「48時間以内に屋内退避発令の是非を決めたい」と言ったことに猛反発した。CDC(米国疾病管理予防センター)のサイトに「原子力発電所の事故や放射性物質をまき散らす爆弾の爆発などがあった場合、自宅や避難所に待機を求められること」との説明もあるが、「shelter-in-place」は、米国では冷戦時代の核戦争を想起させる措置と言える。つまり、知事はウイルスよりも、市民が抱く「恐怖やパニック」を怖れたのだ。背景には、知事と市長との間の政治的な対立も指摘されてはいる。だが、発令を躊躇しているうちに、感染者は急増し、結果的に、数日後には「屋内退避」と同程度の「外出制限令」を出すことになった。この遅れも、感染拡大の一因になったと批判されている。

市民をパニックに陥らせないよう冷静に対応する、というのは、至極当然の正論だ。だが、そこには陥穽もある。未知なる感染症は、目に見えず、予見不能であるが故に、気づかぬうちに、自らの周囲が「火」で覆われている可能性もあるからだ。実際、ニューヨークでは、知事が市民のパニックを怖れているうちに、あちこちで「火の手」が上がり、もはや抑制は手遅れだった。

福島第一原発事故を振り返れば、当時の政府は、直後から「過剰な反応をしないで下さい。直ちに人体や健康に影響を及ぼすものではありません」などと繰り返した。敷地に設置されたモニターのデータに基づいての判断だっただろう。しかし1号機、3号機、4号機の建屋で次々と水素爆発が起きた。計測器の一部は壊れていた。放出された放射性物質は風に乗って各地に飛散し、多くの市民が被爆していた。また当時現場で、東電による「1号機の炉心損傷は70%」という発表があり、現場で詳しく聞いたところ、「燃料棒にクラック(傷)が多く入っていると見られる」と説明されたが、後に溶け落ちていたことが分かっている。見えないところで、事故は深刻さを増していたのだ。

新型コロナに戻る。感染者、死者が急増するという危機の最中で、クオモ知事は軌道修正したように見えた。外出制限令後になると、会見のなかで、感染の拡大について、いくつかの予測はあるものの、「今後どうなるか、誰にもわからない」と言った。さらに感染者数の予測に基づいて、病院のベッド数、人工呼吸器、集中治療室などについて、現在、いくつ確保できて、ピーク時にいくつ足りないのか、データを明示した。特に人工呼吸器の数は3万台必要だが、現在4000台しかない、などと圧倒的に不足していることも明かした。クオモ知事は「あと6日で人工呼吸器が足りなくなる」「連邦政府は支援せよ」などと、いわば感情的に訴えた。こうしたデータや知事の言葉は、「屋内退避」を求めるよりも、よほど市民に強い不安を与える内容だっただろう。実際、医療崩壊への懸念からニューヨークを離れた人も少なくないという。しかし、こうした知事の行動により、人工呼吸器は各地から集まり、最悪の予測よりも必要とされず、後に他の州に譲るほどだった。クオモ知事と対立するトランプ大統領は「過剰な要求」と批判している。

「より適切な計画がなければ、2020年は、現代史上、最も暗い冬になる可能性があります」(生物医学先端研究開発局リック・ブライト前局長)

早くも「第二波への警戒」が専門家から呼び掛けられている。このリスクを社会がどう受け止めるのかは、実は、第一波より難しい面があるだろう。アメリカでは「経済再開」か「感染抑制」か、共和党と民主党の支持者の間で、大きな分断が露わになりつつある。
世論調査では、共和党支持者は、比較的、ウイルスの影響を軽視する傾向にある。11月に控える大統領選に向けて、トランプ大統領の選挙集会を妨害するために、民主党が、必要以上の「恐怖」をまき散らしているという陰謀論すら流布されている。また莫大な数の死者が出ているにも関わらず、新型コロナウイルスでの死者を「フェイク=嘘」などと主張する人たちも出てきている。

医療従事者らへの「感謝」 タイムズスクエアの電光掲示板

抗体ができれば、再び感染しないのか。抗体はいつまで持続可能なのか。ウイルスは変異するのか。どんな人が多くの感染を引き起こす「スーパー・スプレッダー」になるのか、など、このウイルスについては分からないことが多い。人類にとって未知なるウイルスのリスクを社会が評価する際に、「過剰な楽観」と「過剰な悲観」をどう排除すればいいのだろうか。今のところ、各国の経験から得られる知見を共有して、分かっていることと分からないことを科学的に、客観的に整理しながら、歩みを進めるしかないだろう。このウイルスと人類の闘いは長い道のりになる。



執筆者プロフィール:
萩原 豊(はぎはら ゆたか)
テレビ報道記者。1967年長野県生まれ。東京大学文学部を卒業し、TBS入社。社会部、「報道特集」「筑紫哲也NEWS23」、ロンドン支局長、「NEWS23クロス」特集キャスター、社会部デスク、「NEWS23」編集長、外信部デスクなどを経て、現在、ニューヨーク支局長。特別番組「ヒロシマ~あの時、原爆投下は止められた」(総合演出・取材指揮)で文化庁芸術祭テレビ部門大賞。アフリカなど40ヵ国以上を取材。東日本大震災では直後から福島を取材。

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