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発言

『正しさを疑え!』第10回
ポストコロナに防潮堤はいらない

真山 仁

東京都内を中心に感染者(陽性反応者)が増え、緊急事態宣言が再び発令されるのではないかという懸念が生まれつつある。
一方で、世間のムードは、ポストコロナ社会への展望についての話題も増えてきた。その中で注意すべきは、日本も他の先進国並みの厳しい外出禁止令を発令できる法律を制定しようという動きだ。

日本では、戒厳令のように国家が強権を発動し、国民の自由を奪うことを法律で認めていない。
そのため、新型コロナウイルスの蔓延防止のために制定された「新型コロナウイルス対策特別措置法」(実際には、「新型インフルエンザ等対策特措法」の規定を、新型コロナウイルス対策にも援用する法律)にも、行動を制約する禁止条項や、罰則規定を入れなかった。
その結果、政府は状況に応じて「自粛の要請」という矛盾した呼びかけを繰り返すしかなかった。

だが、感染者がこのまま増え続けたり、第二波が日本を襲い、今度は日本でも大量の感染死者を出すウイルスに変化していた場合、「本当にこんな緩い法律で良いのか」という疑問が当然上がってくるだろう。
国内感染を食い止めるには、外出禁止令と、違反者への罰則規定を設けるべきだという主張や、この際、憲法を改正して戒厳令のような権限を持つ「緊急事態条項」を織り込もうという意見も根強い。

つまり、総理が必要とあらば、国民の自由を規制できる権限を持つことを憲法で認めよ、というのだ。
実際安倍総理は、新型コロナウイルスが蔓延し始めた頃は、この条項を制定するため、憲法を改正することに前のめりだったという報道もあった。

私は、そうした改正や法律の制定に反対だ。
理由は二つある。

一つは、戒厳令とは、そもそも国民の権利や自由を保障した憲法や法律の効力を停止し、行政権や司法権を軍の指揮下に委ねるためのルールだからだ。日本は軍事国家ではないから、それは考えすぎだ、という意見もあろう。だが、総理が国民の行動の自由を制限できるようになると、違反者を取り締まるために、警察のみならず、必要となれば自衛隊まで出動させることも可能になる。そんな権限を、総理大臣に与えるわけにはいかない。

もう一つは、今回のコロナ騒動で、「日本における〈自粛要請〉とは、禁止命令とほぼ同意である」ことが明確になったからだ。
無理に危ない法律を制定せずとも、日本人は、緊急事態宣言が発令されたり自粛要請が出れば、自分や家族、仲間の命を守るために、厳格なまでに要請に応じる。それが、日本人気質だと、今回証明されたのだ。

万が一、それだけでは被害が縮小しい場合はどうする?
その時は、総理や知事が、命がけで、超法規的措置を執ればいい。彼らは、そのために、国民から信託を受けて強力な権力を有しているのだから。職を賭して強権を発動し、災難が去った後、禁止措置と共に超法規行為を断行した責任を取って職を辞すればいい。

約10年前に発生した東日本大震災で甚大な津波被害を受けた地域は、10メートル近い防潮堤を、問答無用で沿岸に建設した。
津波を防げると政府が勝手に決めつけた壁を造れば、津波への恐怖は多少薄れるだろう。だが、自然界の津波やウイルスは、人間の「安心」という名の傲慢など、あっさりとぶち破り襲ってくる。

強権に頼るより、現在の教訓をベースに、柔軟かつ効果的な手立てを時間をかけて築き上げていく――。
失敗から学習するとは、そういう行動ではないだろうか。

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